【囚われの谷】
ここはどこだろう。
深く、暗い。寒いのに熱い。何も見えないけど、たくさんの声が聞こえてくる。でも人の気配は無い。
調べに行きたいけど、四肢を縛られ吊るされているような、あるいは磔にされているような感覚があって動けない。
私はどうしてここにいるんだろう、どうやって辿り着いたんだろう?
記憶を探っても思い出せるのは眩しいほどの白銀だけで、どうにもはっきりと思い出せない。何か掴んだと思ってもすぐほどけてしまう。
現状、私にできるのはこの声に耳を傾けることぐらいだ。
目を閉じても開いても暗さが変わらなくて、少し笑ってしまう。
さて…この聞こえてくる声たちに何かヒントがあればいいんだけど…。
―――……
―……
…
あいたい
お腹がすいた
さむい
神よ、何故
まだ死にたくない
さみしい
酒が足りねえ
何でこんな目に
もっと金がないと
どこにいる
全部壊してやる
あなたが欲しい
上は何もしてくれない
誰か、助けて―
大小響いてくる様々な声に耳を傾け、ふと目を開ける。
やはり真っ暗で何も見えなくて、だから確信できた。
ここは人の願いが集まる場所なのだ。
聞こえてくる声はどこかで誰かが抱いた願い。
彼は…こんなにも多くの声に浴していたのか。
こんなにも暗く、尽きることのない渦の中に、ひとり――
会いに行かなきゃと手に力を込め……フッと抜いた。
思い出したのだ、ここに来る前のことを。
彼はもう光の中にいる。内に秘めた黒炎は収まり、新たな目で世界を見れている筈だ。今さら私が出る幕は無い。
あの時彼は生を望んでいた。地上には、記憶の奥底で彼と会うことを望む人もいた。
その願いを叶えたかった。
今もあの時の選択に後悔は無い。もう一度やり直せと言われても、きっと同じ道を選ぶ。
ただ…
叶うなら、また三人で旅がしたかった。
穏やかな道も、険しい道も、話しながら、笑いながら、遠回りしたり、景色を眺めたりしながら、何気ない時を愛して、三人で―……
これも過ぎた願い――欲だったのだろう。
身の丈に合わない欲を抱いた者はその身を滅ぼす。“選ばれし者”なんて呼ばれてもそれは変わらない。
私が消えたのは望んだ結果で、魂も全て使い果たしたつもりだったけれど、欲を抱いていた分だけ消えきれなかったのかも知れない。こんな深く暗いところに連れてこられてしまった。
私に用でもあるのか、
“選ばれし者”《私》の魂に利用価値があるのか、それとも……単に欲を抱いた者が堕ちる場所なのか。
思考に耽る中で、ふと何かの気配を感じた。私をここに連れてきた人か、あるいは私を呼んだ人か…誰かは判らないけれど、思いつくまま声をかけた。
「封じられし神――ガルデラ、そこにいるんですか…?」
最果ての暗闇の中で、何かが蠢いた。