FB2ネタバレ。グリンデルヴァルドの思想のゆくえと、ダンブルドアがニュート・スキャマンダーを選んだ本当の理由について。
まず最初に、ゲラート個人がシーアーで未来視の能力を持つといった話はブラフと思われる。1898と彫られたあのキメキメ頭蓋骨(最後でリタが壊していましたね)が未来視の能力の大元らしい。ただ、それならダンブルドアもあの未来を共有しているはず……。
今回のゲラート・グリンデルヴァルドを読み解く上で非常に重要になってくるのが、学生時代にアルバスと出会ったゲラートが、そこでどんな思想を育んだのか、だ。
『死の秘宝』で語られるダンブルドアの過去はさまざまなバイアスがかかっており、すべてが本当だと断定することはとてもじゃないができない。が、リータ・スキーターの『アルバス・ダンブルドアの人生と嘘』でリータがダンブルドアの書いた手紙をそのまま掲載している部分がある。そこに関してはそこそこ信憑性がありそうなので、手紙の部分だけ引用することにする。
アルバスの手紙(死の秘宝上日本語版P520-521より引用)
「ゲラート
魔法使いが支配することは、”マグル自身のため”(原文では強調のみ)だという君の論点が――僕は、これこそ肝心な点だと思う。たしかに我々には力が与えられている。そして、たしかに、その力は我々に支配する権利を与えている。しかし、同時にそのことは、被支配者に対する責任をも我々に与えているということを、我々は強調しなければならない。この点こそが、我々の打ち立てるものの基礎となるだろう。(中略)我々は”より大きな善のために”支配権を掌握するのだ。このことからくる当然の帰結だが、抵抗にあった場合は、力の行使は最小限にとどめ、それ以上であってはならない。」
ゲラートは裏工作はともかく、表面上はこの手紙にほぼ忠実に動いている。力の行使は最小限。演説場でこの方針通りに動くことで闇祓いへの正当防衛という口実を作ったという点は、巧いなあと純粋に思う。
いやあれ多分マッチポンプだと思うのですが……ん?なに?柳条湖事件?そうだねリットン調査団を派遣しよう(提案)
・見れば見るほどゲラートの暗殺の手口はファシストっぽいのだが……というかファシズムなのだが……
まあファシズムは弱い国家を強く装うための思想なので、弱い集団を装うグリンデルヴァルドにとっては必要悪なのだろうなあと思います。
ここでアウレリウスを思い出して欲しい。アウレリウスは「金」であると同時に「ローマ皇帝」を表すラテン語。
ファシズムはイタリア発祥の思想で、ものすごく単純に言うと「古代ローマの強さを取り戻すためならなんでもします」といった感じ。男性主義的・国家主義的・権威主義的な思想で、実際ファッショ化したイタリア国内は軍と秘密警察がものすごい権力を持ったことでマフィアが掃討されて、犯罪率が劇的に減った。
ファシズムの語源は古代ローマのファスケス(高位のお役人さんが持つ権威の象徴・ファシズムの持つ権威主義のシンボルでもある)なので、ゲラートがクリーデンスに与えた「アウレリウス」という名前は、ファシズムを掲げる魔法使いの皇帝にして英雄、という意味では非常に通りが良い……と思う。
絵文字がブラジル⇒ドイツ⇒イタリアと来ているのはそういうことかもね。ブラジルも1932年辺りでファシスト国家になっているので、ファシズムvsダンブルドア・ニュート達という構図になるのかもしれないと思う。単純にオーストリア寄りのアルプスにヌルメンガード城があるので、アルプスで最終決戦が行われるのが確実なためイタリアなのかもしれないけど……
教えてアルムのおじいさん
ちなみに……。
ヒトラーとナチズムについては、現状では近いとも遠いとも言えない。むしろヴォルデモートの「血筋に依拠した思想と政治・そしてマグル生まれの虐殺」のほうが今のところナチズムに近い。
ちなみに演説の内容についてですが、魔法力は遺伝で発現するので、魂は関係ない。はず。
ただヌルメンガード城(何あれグランサッソですか?めちゃくちゃ悪の居城っぽくて笑いました まあ悪の居城なんだけど……)はオーストリア、ナチの被害者である国家に存在しており、グリンデルバルドもオーストリア人とみるのが妥当……なのだろうか。
・ヒトラーもオーストリア生まれなのですがそれは……。
その辺よくわからないが、マグルの暴力性を憎むグリンデルヴァルドは、いまのところ闇側でありつつもナチとは別のスタンスを取るのは確実っぽい。しかしドイツ生まれだと思っていたけどオーストリアか……そうか……ダームストラング退学になった後美大とか受験してない? 大ドイツ構想とか持ってない?
----------------閑話休題------------------
・「マグルは家畜」発言
一見残酷なように見えますが、「マグルは別の種族だが生かしておく価値がある」という点。私はここが重要だと思っています。なぜなら同時期に出てきたヒトラーはユダヤ人をはじめとする「アーリア人を脅かすかもしれない民族(括弧付きです。もちろん実際はそんなことはありません)」を文字通り「絶滅」させようとしていたわけで、ここは同じ差別でも生と死という巨大すぎる壁が横たわっているのです。こここそがヒトラーとグリンデルヴァルドを分かつ点と言っても良い。
・家畜になるのも悪いことばかりじゃない。なぜなら人間はすべて既に家畜なのだから
人類は家畜とともに発展してきました。たとえば牛、たとえば麦、たとえば鶏、たとえば稲は、人類の手により管理されることがなければ、これほど世界で栄えることは決してなかったでしょう。
・たとえば麦の視点で人間をみてみると……『ホモ・サピエンス全史より』
「平均的な農耕民族は、平均的な狩猟採集民よりも苦労して働いたのに、見返りに得られる食べ物は劣っていた。農業革命は、史上最大の詐欺だったのだ。
では、それは誰の責任だったのか?王のせいでもなければ、聖職者や商人のせいでもない。犯人は、小麦、稲、ジャガイモなどの、一握りの植物種だった。ホモ・サピエンスがそれらを栽培化したのではなく、逆にホモ・サピエンスがそれらに家畜化されたのだ。
ここで小麦の立場から農業革命について少し考えてみてほしい。一万年前、小麦はただの野生の草に過ぎず、中東の狭い範囲に生える、多くの植物のひとつだった。ところがほんの数千年のうちに、突然小麦は世界中で生育するまでになった。生存と繁殖という、進化の基本的基準に照らすと、小麦は植物のうちでも地球上で指折りの成功を収めた。」
・自由意志といったものを取り払った広い視点で見れば、魔法使いを含めた人間はすでにすべて家畜だったりする。
グリンデルヴァルドの思惑通り、我々マグルが魔法使いに奉仕することになったとして、もしマグルがそれに気づかなかったのなら、誰も不幸にはならないのかもしれない。
というより、気づかない可能性の方が高い。我々は力を持たぬ代わりに数で勝り、そういう民衆はしばしば革命を起こすものだ。黒幕は見えない場所にいた方がみんな幸せである。
魔法使いにとってはWinしかないこの提案。純血だったら乗るだろう。マグルの血を引いていても、愛する者がマグルであっても、自分が魔法使いであれば恩恵を受けられるのだから、乗った方がお得であろう。(クィニーは多分この側)
グリンデルヴァルドは本気でマグルを統治する気なのだ。本気で魔法使いとマグルが共存できる世界を目指しているのだ。そうでなければ、クィニー・ゴールドスタインを引き入れることは決して出来ない。
これはより大きな善ではないか? だってマグル達は、もうすぐ数千万人の死者を出す最悪の戦争に足を踏み入れ、原子爆弾という最悪の武器を手にしてしまうのだから。マグルの暴力性を食い止めることができれば、あの死者は、あの光と炸裂は、すべてなかったことにできる。
では、なぜダンブルドアはグリンデルヴァルドに対抗するのか?
グリンデルヴァルドの演説の中でひとつだけ、ダンブルドアの手紙とは明白に異なる部分がある。
「魔法の力は選ばれた希少な魂に宿る」という点だ。われわれは魔法の力が単に遺伝で受け継がれることを知っているので、この点は嘘だと言うことは現時点でも判る。もしかすると、
ゲラート:「マグルと魔法族の魂は違うので別の種族」
アルバス:「マグルと魔法族の魂は同じであり、同じ人間」という点が、彼らが道を分かつ決定的なちがいになったのかもしれない。……少なくとも、今のところ推測できる範囲では。
-------------------------------------
・ユスフ・カーマは、かつて大量の黒人奴隷が新大陸へ連れ去られた記憶を宿すアフリカの西海岸、セネガルの(当時はフランス植民地)魔法使いだ。
・ナギニは(サーカスのおっさんの言うことが正しければ)インドネシアの生まれ。当時はインドネシアよりも「オランダ領東インド」のほうが正式名称だ。
・そしてナギニが「見世物」にされていたのとそう変わらない時代……20世紀初期、「未開で野蛮な、進化の進んでいない文明の人間」のモデルケースとして、ネイティブ・アメリカンやイヌイット、オセアニアや東南アジアやアフリカの諸民族が「人間動物園」で展示されていた。
彼らの生まれた土地では、人間として扱われなかった人間がいた。人間に支配され、植民地で痛みを抱えて生きている人間たちがいた。進化が進んでおらず、人間よりも猿に近いと言われた人々がいた。マグルの人類史には、そんな無数の分断と差別、そして「人間を人間として認識しない」人々の視線が横たわっている。
他方魔法界では、1600年代にヨーロッパで吹き荒れた魔女狩りをきっかけに、「魔法を使える人間」だけを選別して、魔力で住処を隠すことで、「背景はどうあれ、人種はどうあれ、性別はどうあれ同じ魔法使い」がある程度平等に暮らせるコミュニティを築いた。かれらを「国際魔法機密保持法」で庇護することで、世界中でゆるい連帯を築いてきた。
ゆえに1920年代の時点ですでに、魔法界では黒人女性の(当時マグル世界ではほとんど顧みられることのなかった存在――)セラフィーナ・ピッカリーが、社会のトップに立つことが出来ている。
グリンデルヴァルドの主張は一面では正しいのだ――彼らは強さを盾に、女性差別や奴隷制といった愚を犯さず、人間同士を尊重しながら、マグルとは違う道を歩んできた歴史が既にあるのだから。
ただし、マグルの世界における奴隷の労働を魔法使いはハウスエルフに押しつけている側面があり、そこの罪はどちらも同じだったりする。実のところ、彼ら魔法使いが尊重するのは「人間」の尊厳だけなのだ。
そこで浮かび上がってくるのが、「動物」を尊重するふしぎな魔法使い、ニュート・スキャマンダーである。
彼の行動原理は不可思議で、「マグルだろうが魔法使いだろうが、動物を無意味に殺す人間」を極端に嫌う。それどころか、ティナやテセウスといった大切な人の特徴も、「歩幅が狭い」「ハグが好き」といった、「ヒト科ヒト属の動物の一個体」の習性のようなかたちで捉えてしまう。実のところ彼こそが、あの魔法界で唯一、マグルと魔法使い、そして魔法使いに「家畜化」されているハウスエルフや「危険視」されているビーストとすべてフラットに接することができる、唯一無二の存在なのだ。ダンブルドアもハウスエルフに対してフラットに接している描写があるが、さすがにニフラーと一緒に土を舐めたりはしない。
・マグルと魔法使いの間に「別の種族」という線引きを作ろうとするグリンデルヴァルドに、ニュート・スキャマンダーは「動物学者」という立場から、「マグルと魔法使いは同じヒトという動物だ」という異議を唱えられる。
オブスキュラスという破壊の化身を内に抱え込んでいても、
いずれ蛇になる定めを持つ見世物であっても、
弟を殺した「怪物」のような「悪人」であっても、
すべてヒトという動物として愛せる彼だから。
ダンブルドアが「英雄テセウス・スキャマンダー」でなく「動物学者ニュート・スキャマンダー」を選んだ理由は……もしかすると、グリンデルヴァルドの思想の唯一の瑕疵を見抜ける視点を持っているから、なのかもしれない。