相模で覡になれない人間のはなし。(※二次創作・ノノウに対する捏造あり)
今日も今日とて舞奏の練習だ。
私は相模国のノノウとして日々舞奏の練習をしている。だが、化身がないために覡として活動することはきっとないだろう。
この地域は昔から舞奏が盛んな場所として知られていて、日頃の祭りや神事でも覡が舞奏を奉納し、それを住民が目にする機会も多い。
かく言う私も、幼い頃に行った祭りで見た舞奏に目を奪われて以来、私もあのような覡になれたらと一心不乱に舞奏の練習に取り組んできた。だけど一向に化身が現れる気配はないし、六原さんの舞奏を見てしまうと自分の実力のなさに我ながら呆れてしまう。六原さんよりも練習しないと覡になんてなれやしないと、人生全てを舞奏に捧げてきたと言っても過言ではないのに、それでもまだまだ六原さんの足元にも及ばない。
化身を持つ覡がいなくても地域に伝わる舞奏を次の世代へと継承するために、ノノウの存在は舞奏社からは好意的に受け入れられる。覡ではないから舞奏社へ所属することはできないけれど、日々舞奏社の近くの公民館や小さな神社で舞や歌の練習に励み、祭りで覡がいない場合や覡を呼ぶには些細な神事でそれを披露する。いまだずっと憧れてきた覡にはなれないものの、ノノウとして活動しながらいつか化身が私にも出ることを心待ちにしていた。
しかし、最近ここ相模の覡に新しい人が登録された。
駅前のお屋敷の九条さん――有名なお兄さんのほうではなく弟さんのほう――と最近アイドルとして活動していたらしい八谷戸さんで、どうやら二人とも六原さんの幼馴染らしい。
八谷戸さんはテレビをあまり見ない私でも名前を聞いたことがあるくらい有名なアイドルで、実は浪磯の出身であるという噂もノノウ仲間から聞いたことがあったので、そんな人が化身持ちだというのは納得できる。まさにカミに愛された存在だ。だけど、個人的に納得できないのは九条さんのほうだ。長らく浪磯には六原さんと九条さんのお兄さん以外の化身持ちを聞いたことがなかったなか、数年前に九条さんの弟のほうにもとうとう化身が出たらしいと話題になった。ところがだ! 九条さんは覡にはなりたくないと断ったというじゃないか! 私が喉から手が出るほど、それこそノノウでもいつか大祝宴に行けるのならば心から願うであろう、そんな化身を持ちながら覡になろうとしないという選択をしたというだけであまり良くは思っていなかったというのに、六原さんだけでなくもう一人の幼馴染である八谷戸さんも覡になるから仲間はずれにされるのが嫌だったのかなんだかは知らないが、今更覡として活動しようだなんて!
どうせ九条さんだって、あの九条屋敷の人間なんだし化身を持っている人間だから、私のような血のにじむような努力をしなくてもスッと美しい舞を踊れてしまうに違いない。浪磯の舞奏は三人で舞うようなものになっているから、覡が三人揃うというのはとても嬉しいし、またあの美しい舞奏を見られると思うと心が躍る。だけどノノウとして生きてきた私は、どこか恨めしく思ってしまうのだ。……きっとこんなふうに暗い感情を持ちながら舞の練習をするからカミに愛されずに化身が出ないのかもしれないけれど。それでもいつかは自分だって覡になれると信じて、今日も舞奏の練習に励むしかないのだ。