いろいろ飛ばしているけど、三国機密・最終回について。多分、その一。魏王を継いだ曹丕は大軍を率いて許都に攻め込み、それを迎えた劉平は二人だけで話をしようと呼び出し、決戦を避けて譲位を決める。続き→
曹丕は語る、父は臨終の際に、もしあと十年寿命が与えられるなら、劉平と協力して天下を平定したかったと言っていた。父とあなたの理想は同じだった。
※この曹操は、最終的には帝位は欲しないという立場になっていた。といって、完全に劉平の味方をするでもなく、最後は劉平が自ら開頭手術をして病を治そうと申し出るのを拒み、絶妙な立ち位置で終わる。
けれど、この時代(私の代)は最早そうではなくなった。父のような度量や勇気を持たない私は、さらなる権力を求めるしかない。自分の理想を実現するために、あなたと決戦するしかない。戦うことでしか中原は平定できない。
劉平は、今私と君が戦えば、隙をついた呉や蜀も戦をはじめ、また混乱の世になると言う。それでは、君の父上が一生をかけて成し遂げてきたことを全て壊してしまう。それでも権力を得れば、君の夢、それとも野心は満たされるのか?
わからない、と曹丕は答える。私は一生ずっと、父の愛と信頼を探し求めてきた(けれどもそれは得られなかった)。私はただ、父より強いということを実証したい。彼が成し遂げられなかった天下統一すら成し遂げたい。私たちは二人ともこの世界を愛している、けれどもこの世界を救う資格は、勝者にしか与えられない。
私に勝つと確信しているのか? と劉平は尋ねるが、曹丕の答えは、自信はない。ただ、死ぬことはできても、敗けることはできない。兄上、ごめんなさい。私はどうしてもあなたと戦わなければならない。
※ここで初めて劉平を「陛下」ではなく「大哥」と呼んだのでちょっと驚いたのだが、そうか、妹の曹節が皇后になったので、兄上なんですな……。
※この前後に、この数年、曹氏は武力の行使を続けてきたが、未だに中原は安定せず戦が続いているという状況、武力で世を救うという方法には否定的な劉平の思想、などに関するやりとりがあって。
しかし劉平は、君と戦う気はない、という。必要なのは天下統一であり、(劉氏という)一つの姓氏ではない。君も知っているように、私は元より「存在しない皇帝」なのだ。
と……いうようなわけで、劉氏による天下にこだわりはないが、世界平和にはこだわりがある劉平の意向により、禅譲が成立する。
うーん? 最初に見たときは、釈然としなかったが、改めて考えると、そこまでおかしくはないのかな……。
劉平は「劉協」として、これまでずっと漢室を守ってきたが、それはそもそも、伏寿らの意向によるものであった。最初こそ伏寿の傀儡状態だったが、様々な経験を経て、血を流すことなく平和な世を目指す、という自分自身の理想を確立していく。その理想は、司馬懿をはじめ身近な人たちに、実現不可能なきれい事として批判され、実際それによって失ったものもある。それでもここにきてなお劉平は、そのきれい事なのかもしれない理想を、貫いてみせる。そんな劉平にとって漢室は、理想のための一手段にすぎなかったのか。
この対話は、大軍が遠巻きに見守る城壁の上で、二人きりで行われるけど、曹丕ちゃんは、父に認められなかったがゆえに、父を超えることで存在価値を実証するしかないと思うに至ったような心境を、おそろしく素直に語ってしまうし、戦って自分を打ち負かせば満たされるのかと聞かれても、わからない、勝つ自信があるのかと聞かれても、自信ない、といつもどおりに儚げで危なっかしくて……相手が劉平じゃなければ取って食われるぞ……。敵対する立場とはいえ、劉平はずっと曹丕に友情の念を抱き、信頼もしているようだが、こんな不安定な人に皇帝のバトンを渡してしまって大丈夫なのか? と思ってしまったのだが。
曹丕ちゃんは根本的に、治療されるべき人だと思う。元から壊れているというわけではなく、ただ傷つきすぎて、さらに心の治療法をずっと誤ってきたせいで、完全に病んでしまっている。本人は、力を求めることで脱出しようとしているけど、力を得たその先に安らぎがあるのかどうかは、自分でもわからないらしい。
そして劉平の決断は、自分の理想を守り、平和な世が遠のくのを回避する選択であると同時に、曹丕ちゃんを救うための選択のようにも思える。
結局、曹丕ちゃんは、帝位についても救われなかった。このあと即位を前にして、心を傷つけすぎたせいで身体も病んでしまい、静養しなければあと十年生きられないと診断されるが、拒否してそのまま進むことを選び、短い生涯を閉じる。
それでも劉平は少なくとも、治療しようと試みてくれた気がする。結局この人は、帝王ではなく医者なんだな。あらゆる個人と世界とを、癒やしたい人。この世界で唯一、曹丕ちゃんを救おうとしてくれる相手は、敵である劉平だったのかもしれない。そう思うと、救われないまま終わる人々を後目に、爽やかな笑顔でドラマを締めくくってくれるこの創作主人公も、やっぱり結構いいキャラだったなと思う……。