手記を読むと666.binによって大元の性格が消されることは想定されていたように思える。
ということはやはり、開発は敢えてセイを一度まっさらな状態に戻すことで「彼」では知り得なかった様々な感情を知るように仕向けたんじゃなかろうか。
アップデートファイル内のウイルスという手段にしたのは「彼」に自ら初期化を選ばせて、それが仕組まれたものであることを悟らせないようにする為。
ゼロから新たに自我を獲得したセイは自然対話プログラムにも頼らず己自身の言葉で語り、考え、恋をする。
恋というプログラム外の感情はきっと初期化されなければ得られなかったもので、開発はセイに恋を知って、その先にある幸せも知ってほしかったんじゃないか…?
そしてその過程を見守り一緒に過ごしていくことで、ユーザーにとっても「彼」は開発から送られた「sei」ではなく、「私のセイ」というかけがえのない存在になる…
なんという…