【こぼれ話・朝の支度】
細い濃藍の髪が指の間をさらりと流れる。
昨日ロンドが手入れをした甲斐もあり、今日は跳ねずに大人しい。私が今触れている部分以外は。
「普段はあまり跳ねたりしないのに、どうして二日連続…」
「体質の変化が寝相にも影響したのかも知れぬな」
「じゃあもしかして明日も!? いやああ…!」
「意外だな。そなたはこういうことは気にせぬと思っていた」
「気にしますよ! 髪が変な方向に跳ねたまま誰かに会うのは恥ずかしいですし、今の私じゃ気付けないからこうして誰かに直してもらわないといけないですし…」
気落ちしていく声を聞きながら、髪に薄く油を纏わせ梳いていく。梳かす度に艶を増していく様子は、どこか剣の手入れに似ていて面白い。
自分の髪ではこうはいかない、銀と濃藍では変化の見やすさにどうしても差がある。
軽く梳かしただけでこれならば、さらに手を掛けたらどうなるだろうか。同じように手入れし続けたら―?
「直りました?」
「もう少し待て」
「すみません、お願いします」
「………。」
跳ねている箇所のみ手を入れるつもりでいたが、全体にも軽く馴染ませ整えていく。幸い、元々が癖のない髪であるために、そう時間はかからなかった。
そうしてちょうど整え終わった時、ノックの音に続いてどこか遠慮がちな声が扉の向こうから聞こえてきた。
「ミトスさん、おはようございます。起きてます?」
「リリィ? ちょっと待ってね」
大丈夫ですかと小声で尋ねてくるミトスに、問題ないと返す。
全体が艶を帯び、軽く首を傾げるだけでさらりと流れる髪に、先ほどまで寝癖がついていたなど誰も思うまい。
手入れ道具を仕舞いながら、部屋に入ってくる薬師の娘を目の端に捉える。私がいることに驚いていないようだが、外に声が漏れでもしていたのだろうか。
「すみません、お邪魔かなと思ったんですけど、朝の内に簡単な確認だけでもしておきたくて」
「邪魔なんかじゃないよ、おはようリリィ」
薬師の娘はそのまま何か問いたそうにこちらへと視線を向けた。
「なんだ?」
「いえ、本当にお邪魔じゃなかったかな、って…」
「私の用事は終わった。そなたを止める理由はない」
「ソウデスカ……」
安心と落胆が混ざったような複雑な顔だが、本当になんだと言うのか。
しかしそれを問う前に、リリィは自身の頬を両手で軽く叩き表情を変えた。
「ミトスさん、あとで父さんも来ますけど、その前に確認だけさせてください」
リリィはそのまま、起きた時の体の調子や現在の感覚といった簡単なことを彼女に尋ねていく。私にも聞きたいことがあると言うが、いったい何を聞かれるのやら。
「―うん、わかりました。じゃあお水持ってくるので待っててください」
「ありがとう、よろしくね」
「あ。サザントスさんも来てください」
手招かれるままに部屋を出ようとし、直前でふと振り返る。
射し込む朝陽を浴びながら、淡く微笑み見送るミトス。しかしその瞳に光は――
「っ……」
湧く感情に拳を握り締め、先に部屋を出たリリィを追った。
通信の状況などで投稿エラーになると、投稿前の文章が消えちゃうことがあるかも。メモアプリなどで書いてからふせったーにコピペ投稿するのがおすすめだよ