リハビリヤマ太。吸血鬼ヤマトを猫扱いする太一さん
「八神ー、今日コンビニ寄って帰らねえ?」
「あー、わりぃ。ちょっと公園寄りたいんだ」
「公園?なんで今?」
「あー……猫が気になって、」
「ねこぉ?また飼ったのか?」
「いや。まだそいつは野良」
「ふぅん?まだ手懐けてる最中って訳?頑張れよー」
「八神ーまたなー」
「おー!」
最近生き物を飼いだした。そいつは家では飼えない秘密の生き物だった。
「ヤマト、居るか?」
公園の茂みに声をかける。そこは手入れが行き届いていない所為で雑草が己の顔くらいまで伸びていた。声を掛けて暫くして、ガサガサと音がした。
「太一、来てくれたのか?」
「餌付けしちまったからには最後まで責任持たねえとマズいだろ」
草むらから出てきたのは日本では珍しい金髪に真っ黒な服に身を包んだ男だった。名前はヤマトという。部活仲間には猫と言ったが、実はこの男がその猫と言った正体だった。
「今日は来ないかと思ってたよ」
「部活が長引いたから遅くなったんだよ。飯食うか?」
「ああ、ありがたい」
その言葉にヤマトが近づく、左手を差し出すと壊れモノを扱うように両手に包まれ口づけられる。少し恥ずかしいが、次に起こる事を考えれば我慢するしかなかった。
「イテッ」
ぷち、と音がして皮膚が破れた。しかしヤマトの舌が傷口を舐めると痛みはすぐに引いた。ヤマトの口からは犬歯にしては長い牙が覗いている。ヤマトは吸血鬼だった。
「うぅ……」
血が流れる指をぺろぺろと舐められる。友達の愛犬に懐かれた時もこうやって舐められたがそれに似てると思う。
「ごちそうさま」
「もういいのか?お前の肌が青白すぎてそう思えないんだけど」
「毎日貰ってるしな。吸血鬼としては凄く健康的に生きてる」
「ふーん。ならいいけど」
「太一の血はお日様の味がする」
「お前、太陽嫌いじゃないか」
「歩くのは苦手だ。けど日に当たった人間の血は美味いんだよ」
「ふぅん?サッカーしてるからかな?」
そう言って月に向かって手を透かす。毎日のように外で部活に勤しんでいる事もあって、己の肌は黒く焼けていた。
「健康的な生活をしている人間は美味いって吸血鬼の間では常識だしな。しかも定期的に供給してくれる人間なんて珍しい」
「なんで?」
「吸血鬼は人間の血が食糧だ。つまり化け物だ」
「でもお前はオレに会う前にも人の血を摂取してたんだろ?」
「ああ、俺は顔がいいからな。適当な女を誘って血を貰ってた」
「自分で言う?」
「仕方ないだろ。現に人間に好かれやすい個体が一番残ってるんだから。……まあ太一は俺の顔に思いっきりパンチを入れてきたけど」
「それはお前が襲って来たからだろ」
「……それは太一が上手そうな匂いをさせてたからで、」
「やっぱ襲ってんじゃん」
「ぐ……、」
「まあ、そのお陰でお前の事情も聴いて今があるんだからいいだろ」
初めて出会った時、ヤマトは道路に倒れていて行き倒れかと思って声を掛けたのだった。が、目が覚めたヤマトに危うく襲われそうになって思いっきり殴り返したのが最初だった。
「今度こそ死んだかと思った」
「嘘つけ。すぐに起き上がって来た癖に」
「本当だ。太一が事情を聞いて血をくれなかったら死んでいたと思う」
襲われたのにヤマトの話を聞いたのは顔を殴った事について後ろめたかったからだ。
「まあいいや。相変わらずこの辺で寝てるのか?」
「いや、夜の仕事を見つけたら今から行く」
「仕事?」
「ホストのな。太一のお陰で飢える事は無いけど、生きてる上でお金は必要だから」
「そっか。がんばれよ」
「なあ……明日も来てくれるか?」
「来るよ」
「タイチィ!!」
「ギャッ、くっ付くな!暑苦しい!」
抱きしめようとしてくるヤマトを慌てて押し返す。餌付けし過ぎたかもしれない。
「ヤマトって猫だよな」
「は?どういうことだ??」
「お前、名前がヤマトだし黄色と黒じゃん」
「それはただの偶然だと思うんだが……」
「吸血鬼っていうより猫みたいだって言ってんの」
「はぁ……」
「まあ昔飼ってた猫に似てるってのもあるけど」
ヤマトと出会ったのは丁度飼っていた猫が亡くなった時だった。かなりの歳だったし覚悟もしていたつもりだったが、どこか喪失感があったのは否めない。そんな時にヤマトと出会ったのだ。
「なら飼ってくれるか?」
「ムリ!オレはまだ中学生だぜ??」
「ならお前が大人になるまで待つよ」
「男は趣味じゃねえ。ってかもう7時半じゃん!お袋に怒られる!じゃあな、ヤマト!車に引かれんなよーーー」
「あ、太一っ!……本当に猫だと思ってるな……」
太一の猫扱いに呆れるが、この関係は暫く続けてくれるらしい。その事にホッとしながらヤマトも公園を後にしたのだった。