都市伝説課 ばれ
HO1の前日譚を書いたので、HO2の前日譚も書きました。相変わらず誤字脱字は許してください。
「ねぇ、帰らないの」
五十音が書かれた紙。そばに置かれた10円玉。それをぼんやりと子供は眺めていた。外は茜色に染まっていて、「遠き山に日が落ちて」が流れ始めている。帰宅を急ぐ子供の声が聞こえる。楽しそうに笑いながら今日の晩ご飯は何かな、と話をしているのが聞こえてきた。街の外れにある神社には子供が1人だけ座っているのが気になって「御先稲荷」は耐えきれずに声をかけてしまった。びくり、と大袈裟に目の前の子供の肩が揺れた。
「もう遅くなるよ?暗くなっちゃうよ?君は帰らなくていいの?帰らないと悪い物に連れていかれちゃうよ」
「…、」
「御先稲荷」は煌めく瞳を緩く細めて子供を見つめる。彼女は子供が好きだ。それはもう好きであれば連れていってしまいたくなるくらいに。でもそれ以上に楽しそうにしてる子供を見るのが好きなのだ。だからこそ、黄昏時に残った子供が他の怪異にさらわれないようにと。その思いだけで動いた。早く家に帰ってほしい。そんな彼女の考えと裏腹に子供は怯えた瞳をした後、安心したように笑った。自分の存在が認められたような、ひどく安心した顔を目の前の「御先稲荷」に返したのだ。
「なにその顔。あ、私のこと怖くないってこと!?私はね、怖いよ!怖いおばけなんだよ!」
「…?…、」
少しムキになったように「御先稲荷」は声を荒げた。怖くないと言われるのは都市伝説の怪異としてはどうしても認めたくないことだった。試しに自分の影を大きな化け狐のように変えるが子供は大きく肩を跳ねさせた後、また笑顔を向けた。目の前の子供の手が伸びて「御先稲荷」の手を掴む。
「…なに、どうしたの?」
子供は口を開くが顔を歪めた後喉を押さえる。げほげほとむせる口からは少量の血液がこぼれた。焼けた匂い。「御先稲荷」は目の前の子供が喉を焼かれていることに気がつく。慌てる彼女をよそに子供は口元を数回ゴシゴシと拭うと何事もなかったかのようにまた彼女へと視線を向ける。首には青黒い痣があり、切り傷、火傷まみれの体。「御先稲荷」はこの子供が虐待をされているのだと悟る。子供は「御先稲荷」の手を地面に広げた紙の上に置かれた十円玉へと導く。子供も同じく十円玉に手を伸ばしてから動かした
ー「こっくりさん」?
「…そうだよ、君が呼び出したんだよ」
ー家に帰りたくないからおはなししたい
「そっか、…じゃあね、この話はどうかな?最近なんだけど」
この神社には子供しかいない。それでもその子供は楽しそうに顔を綻ばせて誰かと会話をしている。子供のそばには狐の影がゆらゆらと揺らめいていた。
「や!今日はねとびきり楽しい話があるよ!」
黄昏時の中、いつしか2人が話をするのは決まり事のようなものになっていた。どちらかが言い出したことではなくいつのまにか2人の中で決まっていたのだ。「御先稲荷」はこの時間を何よりも楽しみにしていた。目の前の子供が自分の話で笑顔になってくれる。その笑顔を見るのが好きだった。「御先稲荷」の話は正直今の時代とは少しずれている。しかし反対にそれが子供にとっては興味深いようでどの話も本当に楽しそうに聞いてくれるのだ。今日も彼女たちは「こっくりさん」をおこなう。
「それでね、「きさらぎ」は真面目だからさそういうの気にならないかもしれないけど私は無理って言ったの!呆れた顔してシッシッで追い払われてさ!ひどくない?私の方が長く生きてるのに!」
「あ!最近ね新しくはいった子がいるんだけど〜まだ私はしゃべれてないの!最近流行りのクールってやつなのかな?でもねすごくいい子そうだよ!今度紹介してあげるから!」
「………ねぇ、大丈夫?痛い?」
子供が「御先稲荷」の話を楽しそうに聞いている。それに間違いはないだろう。しかし会えば会うほど子供の体の傷はひどくなっていく。治った傷の上からまた新しく傷ができて碌な手当てもされていないせいで治りも悪い。「御先稲荷」はどうにか手当をしようとしたが、彼女にはそのような知識はなかった。また人の体の作りは怪異とは違う。だからこそ下手なことをして怪我をひどくさせてしまうことが恐ろしい。彼女にできるのはその子供の頭を優しく撫でてあげることだけだった。たったそれだけでも子供は嬉しそうに笑った。
「これ、私に?」
いつものように子供に呼び出された彼女は地面の上に広がっているものを見て目をぱちくりとさせた。机の上にあったものは言わば駄菓子の類であり、彼女も数回は目にしたことがあった。しかし目にしたことがあっただけで口にしたこともない。そもそも都市伝説の怪異なのだから食事の類だってする必要がない。子供はその駄菓子の中から一つを手に取り「御先稲荷」の手の上に乗せた。可愛らしいラッピングがされた小さなラムネのようなものだった。
ーお菓子もらったのあげる
「あ、りがとう。…でも君が食べた方がいいよ!ちょっとしかないし、私は食べなくなって元気いっぱいだからさ!ほら、全部食べて。お願い」
ーいっしょがいい
「…わかった、ありがとう。私ね、初めて食べるの。これがね始めての食事かも」
子供にお願いされれば彼女はあっさりと折れた。いっしょがいい、なんて言われれば叶えてあげたくなってしまう。じっと目の前の駄菓子に視線を落とす。子供の動きを真似てゆっくりと包装されていたものをとく。中からは白と桃色をした小さなカケラのようなものが入っていた。それをつまんで「御先稲荷」は口にした。しゅわしゅわと口の中でゆっくりと溶けていき柔らかい酸味と後からじんわりと甘みが広がる。はじめての体験に彼女は目をキラキラとさせて子供に向き直る。
「これ、きっと美味しい!って言うんでしょ!私はじめて美味しいって思った。ねぇこれはなに?どんなものなの?」
ーこれはらむね、こっちはあめ
「ねぇ、君も美味しい?楽しい?」
ーおいしい、たのしい
「そっか、あ!これ食べてみようよ!すなっくがし、だって!」
子供よりも彼女ははしゃいでいるようにも見えた。ただ子供も彼女と一緒にはじめての駄菓子を楽しんでいるようだった。これはおいしい、あまい、しょっぱい、すっぱい。「御先稲荷」は初めて知るものばかりだった。子供から教えてもらうことは彼女にとってひどく新鮮だ。子供が「御先稲荷」を物知りと言うように「御先稲荷」からしたら子供だって物知りだった。話は尽きずに彼女と子供は2人きりの時間を過ごすのだ。しかし子供がチラリと時計を見てからゆっくりと立ち上がる。「御先稲荷」はいつも通りの帰る時間が来たのだと察した。2人のお別れはいつも「また明日」だ。また明日になれば会える。明日はどんな話をしようかと今からわくわくとお互いにしているのだろう。
ーさきちゃん、またあした
「うん!また明日!!」
お帰りください、はまだずっと先。
あしたになればまたたくさん話をしよう。今日はできなかった話を。だからまた明日。
子供に明日はこなかった。
「御先稲荷」は嫌な胸騒ぎを覚えた。
じくじくと体を蝕むようなそれはなんとも言いがたく不快な気持ちにさせてくる。どうしてもあの子供のことが気になってたまらない。でも家も知らない。あの子供と会えるのはこの神社だけだった。名前だって、取ってしまうかもしれないから言わないでと言ったのは「御先稲荷」だ。ただ今は後悔している。聞いておけばよかった、そうしたら自分はあの子供のところへ行けたかもしれないのにと唇を噛み締めた。
「また明日って」
彼女の言葉が寂しく茜色の神社に響いた。それには誰も返してくれない。彼女は見た目よりもずっと聡い。だからこそ子供がどうなったかなんてすぐに想像がついてしまった。ここに来れないほどの何かが起きている。自分との約束を破らないあの子供が今この場所にいないことが何よりの証明へとなる。ぎゅっと手を握りしめる。昨日もらったラムネの包装紙。捨てられずにずっと持っていた。あの子供がくれたものを彼女は捨てられなかった。それ以上に大切な存在になっていた。
彼女は神社の外へと飛び出した。あちこちを探し回り子供の姿を見つけたかった。ただ、その足が止まる。見つけたところで、自分はなにができるだろうか。あの時間はきっと自分も子供にとっても大切だった。ただ、子供の日常が変わったわけではない。自分がいたところであの子供は救われもしない。今だってどこにいるかもわからない。じゃあ、自分にできることって一体なにがあるのだろうか。ぶつり、と彼女の意識はそこで途切れた。
「やぁ、起きたかい?」
目を開ければ「きさらぎ」が顔を覗き込んでいるのがわかる。まだ頭が痛くて起き上がる気力なんてない。ぼんやりと霞む無意識の中「きさらぎ」はため息を吐いてからつらつらと話す。
「自分の存在に疑問なんて持ってみろ。あやうく消滅するところだった。君、そこまで繊細なこと考えるようなタイプだっけ。まぁずいぶん気に入った子供がいたみたいだけどさ、今からの子のことについて話すけど」
棘がある言い方をする「きさらぎ」だがその表情はひどく安心しているようだと「御先稲荷」は感じた。ただ、彼が言っていることが彼女にはあまり理解できていない。首をかしげた「御先稲荷」は「きさらぎ」に尋ねる。
「君が大切にしてた子供だけど…」
「きさらぎ」
「うん?何?」
「子供って誰のこと?」
「...................あぁ、いや、なんでもない。勘違いだったよ」
「そう?と言うよりずいぶん寝てたな〜!こんなこと滅多にないんだけど。ああ、きさらぎありがとうね!面倒見てくれたんでしょ」
彼女はひとつ伸びをしてから起き上がる。体もだんだんと調子を取り戻してきていることがわかる。今まで何をしていたのか思い出そうとすればうまく思い出せない。しかし元来からそこまで気にする性格ではない。体を起こした彼女はスタスタと歩いていき自分のデスクへと座る。おそらくやらなきゃいけないことがあるだろうと机の上を確認する。いつも通りごちゃごちゃとしているが珍しいものがあった。それはお菓子の包み紙のようでなぜこんなものが?と彼女は不思議に思った。それでもどこか懐かしいような気がして無性にそのお菓子が食べたいと感じた。
「きさらぎ!お金ちょうだい!」
「ん?ああ、そこの引き出しにあるよ。珍しいね」
「ちょっとお菓子買ってくる」
「お菓子?君今までそんなものに興味なかったのに?」
「うーん、不思議なんだけどでもどうしても今食べたくて…」
「そう、じゃあいってらっしゃい」
彼女はお金を受け取ると外へと走り出した。
20xx年 10月
「きさらぎ」に「お願い」をされて彼女は面接を行うことになった。1番向いていないことを頼まれて露骨に渋ったが「きさらぎ」は笑って「君が適任」だと言った。何がそうなのか全くわからずに彼女は面接をする。渡された履歴書に目を通すと、頭の中で忘れていたことを思い出した。目を見開きそうしてからゆっくりと微笑む。
「ずいぶん遅い明日が来たもんだなぁ」
足取りが軽い。彼女は都市伝説課を抜けて面接の準備へと向かった。