増税前の買い物に出かけるツラアキの話
お付き合いなし(無自覚両思い?)
[「30分後には出るぞ」
一瞬、学校だったか?と思ったが、いやいや昨日ミュージックフィアにいなほたんが出ていたから間違いなく今日は日曜だとツラヌキは覚醒しきらぬ頭を巡らせた。脇腹をぼりぼりと掻いていると放り投げられた洋服たちが頭へ降り注いでくる。充電の完了したスマホをタッチすると、時刻は7時を少し過ぎたところだった。
昨日は遅くまで地元の友達と通信ゲームをしていて、マイクを使って話が出来るから久しぶりに盛り上がってしまった。夜更かしをしてもその分寝ていられる土曜を選んだのはツラヌキの算段だった。騒がしくなるからと寮の談話室にいたから、部屋へ戻ってきたときにはアキタは既に眠っていた。
秋の気配が近づいているとはいえ、エアコンの効いていない空間は少々蒸る。うっすらと汗をかいた身体が気になったので寝る前にシャワーを浴びたかったが、アキタを起こしてしまうと思い明日浴びればいいかとそのまま布団に潜り込んだのが6時間前。
すでに身支度を終えたアキタは向かいで掛け布団を整えている。出かける約束してたっけな。思い出そうにも頭が働かない。俺の必要最低睡眠時間は8時間だ。こちらに突き出した上向きの尻がふりふりと揺れるのを視線は固定したまま、どうしたものかと考える。これ以上ここにいると不興を買いそうなので、とりあえずは起きることにする。昼まで眠るという体たらくを許されなかったツラヌキは、のそのそ起き上がると机に置かれたトーストを一口齧った。
*
「今日の目標は主に雑貨 衣類、その他生活用品だ」
ツラヌキの足取りに比べアキタは実に軽快だ。あれから本当に30分きっかりに部屋を出て(シャワーをする時間は与えられなかった)、ふたりは駅前のショッピングモールへ向かっていた。早起きの理由は来たる増税に備え諸々の備蓄を買い揃えるというものであった。特別約束していたわけではなく、アキタの思い付きで自分は荷物持ち要員として叩き起こされたというわけだ。そうでなければ今頃夢の世界にいただろうに、全くもって理不尽すぎる。
「増税っつっても2%しか変わんねぇんだろ?ほんの数十円のことにわざわざ早起きするより、布団にいる方がよっぽど有意義な時間の使い方だと思うけどな。あ、」
ヤッベ。
ツラヌキは思わず口を覆った。有無を言わさず連れ出され、計画が台無しになったことが(ただ昼過ぎまで眠るだけなんだけど)腑に落ちず、余計なことを言ってしまった。頭が一瞬で冷静になる。ヤバイ、アキタを怒らせた。
数歩先を行く足がピタリと止まる。怒ったアキタはとてつもなく恐ろしい。あの長い脚で壁際まで追いやられ、もう一度言ってみろと凄まれるかもしれない。はたまた的に張り付けにされ急所を撃ち抜かれるかもしれない。
じりじりと健康に悪そうな汗をかきながら気まずそうに立っていると、真剣な顔をしたアキタが向き直る。
「確かにお前の言う通り数十円のことかもしれん。だが、将来土木王になると言っている奴がそんなどんぶり勘定でやっていけると思うのか。お前は従業員の生活や、果ては地域を活性化させるための公共事業を担っていくんだろ。今のお前の、そんな甘い考えが通用すると思っているのか」
アキタの容赦の無い言葉にツラヌキは眉を寄せ口をつぐむ。何の言い訳も出てこない。全てアキタの言う通りだ。
金沢にいるときは日付を跨ぐまでゲームなんてしなかった。週末はいつも母ちゃんの大声で起きて、ケンロクにミルクを飲ませながら飯を掻っ込み、現場へ向かうトラックに駆け足で乗り込んだものだ。土木王になる夢は忘れちゃいない。けどこっちにいるとなんとなく、夢から遠のいた場所にいる様で気持ちが緩んでいたのかもしれない。ツラヌキは奥歯を噛み締めた。いつの間に俺はこんな甘っちょろい考えをする人間になっちまってたんだ。千里の道も一歩から、俺の好きな四文字熟語は日進月歩だ。
「お前の言う通りだなアキタ。あやうくこのまま腐るところだった」
口角を上げアキタに向き直ると「話が読めん」と言いたげな表情をしていたので
「荷物持ちは任せとけ!俺は現場の土砂を運び回ってた男だ、腕っ節には自信があるってもんだぜ」
「雑用係とも言うがな」
見せつけるように力こぶを突き出すとくっくっと誤魔化す気もないもない笑い声が混じる。目的地までまだ半分にも満たない道のりを、並んだ影は朝日を浴びて歩き出した。
*
「アキタ!このトイレットペーパー12ロールで189円だ!」
「値段に惑わされるな、トイレットペーパーは紙の厚さで値段が変わる。安いからと安易に飛びつくと尻を拭くとき後悔するはめになる」
「なるほど…」
ツラヌキは朝のふりふりを思い出し、アキタの尻が痛くなるのは嫌だな。と思った。
増税最後の週末を迎えたショッピングモールは戦場と言っても過言ではない。あれもこれもと皆が買い求めるので棚は閑散、レジは大混雑していた。
元々買い物はそんなに好きじゃねぇんだよな…。酸素の薄くなった店内から逃げるように抜け出したツラヌキがげっそりしていると、店先に飾ってあるエプロンが目に留まる。
「あれアキタに似合うんじゃね?」
ツラヌキが親指で差したのはシンプルな白地のエプロンだった。近くには花柄やレースが施されたものが並んでいたが、ツラヌキはこれが良いと思った。下手に着飾っておらず、しかし品の良さがわかる、アキタそのものだと思った。
ぱちくりと目を数回瞬かせたアキタは少々ぎこちない動きをした後、衣料品は10%になるからな。と繰り返しながらレジへ去っていった。そのとき耳の端がほんのりと赤らんでいて、E6みたいだなとツラヌキは呟いた。
それから踵が薄くなっていたのを思い出してウニクロで靴下とランニングを買い足した。休憩も兼ねて入ったスタバァも相変わらずの混み具合だったが、荷物を持つ手が引きちぎれそうだったので背に腹は変えられない。
よくやく一息つくことができ、ツラヌキは朝の出来事をぼんやり思い出していた。たとえ2%でも母ちゃんが働いて仕送りしてくれてる大切な金だからな。
思えば生活費を折半しているとはいえ、掃除料理洗濯を一挙に引き受けているのはアキタだ。自分は何度かスヌーズを繰り返して仕方ないとアキタに起こされ、出された朝食を口へ運び綺麗に置いてある洋服に袖を通すだけ。あいつが一体何時に起きていつ家事をしているかなんて気にした事もない。自分で言っておきながから最低だとツラヌキは猛省する。そんな人間が数十円でケチケチなんてほざいたら、自分なら拳が出てしまうかもしれない。
なのにアキタは俺の将来のことを交え真剣に諭してくれた。今俺がこうして生きていられるのも全てアキタの影なる支えがあるからだと身に沁みた1日だった。
「そんなに美味ぇのか?それ」
クリームがたっぷり乗った期間限定のフラなんとかを気の済むまでカメラに収めたあと、スプーンで一口掬っては目を輝かせているアキタを眺める。
「やらんぞ」
「いらんいらん」
勘違いしたアキタに首を振る。そんなのを飲むと逆に喉が渇きそうだ。メニューの中で一番さっぱりしてそうだったライムなんとかを口へ運ぶ。あれからアキタがやけに上機嫌で気味が悪い。あいつもエプロン欲しかったのか。それとも早く休みたかったのか。芋味のシェイク、飲めて良かったな。よく分からんがこいつは怒ってるよりにこにこしてる方が可愛いから良いか。
ん?可愛い?
アキタに使うにしては珍しい言葉が浮かんだ気がしたが、今はそんなことよりも、この大荷物をどう持って帰るかだとツラヌキは少し途方にくれた。]