【懺悔】
聖火神よ、どうか私の罪をお許しください。
ひと月ほど前まで、私はただの町娘でした。
それがあの日…あの男たちに攫われ、薬に染められ、体と心を穢されました。
夢も現もわからないまま、たまに自分を取り戻しては絶望し、死を願っても再び薬を流し込まれ穢される悪夢の日々。
そこから救い出してくれたのが、あの方でした。
立ち向かう者も逃げ惑う者も容赦なく、等しく薙ぎ払い焼き尽くす姿。薄暗い洞窟を照らす黒い炎の鮮やかさと、翻る銀の美しさは、きっと薬に染まる前の瞳でも幻想的に映ったでしょう。
この方は、汚らわしい男たちとは違う。そう直感しました。
そのあと私や他の娘たちを助けてくれたのは、あの方の仲間の女性でした。
ですがその人は今、病に倒れ、永くないのだと言うのです。
薬師がどんな薬を処方しても治らず、ついには味覚を失ったのだと言います。
…聖火神、私は邪な人間です。きっとあの日、男たちに穢れを移されたのです。
でなければ、治らなければいいなんて願いません。
私を、みんなを助けてくれた恩人の快復を願わないなんて、ずっとこの街で療養すればいいのにと願うなんて、自分で自分が信じられません。
でもあの人がこの街にいるなら、あの人と仲間であるあの方もずっとこの街にいてくれます。
そしてふと考えてしまうのです。
あの人が亡くなったら。あの方がまた旅に出るのなら、私が代わりに―と。
聖火神よ、こんなことを願ってしまう私をどうかお許しください。
そしてこの邪心を清めてください。
「お嬢さん、それは邪心なんかじゃありませんよ」
「誰…!?」
「ああ、どうかそんなに警戒しないで。あまりに真摯な願いが聞こえたものだから、つい引き寄せられてしまったのです」
「……。」
「懺悔を聞いてしまったことはお詫びします。ですが、貴女のそれは罪ではありません」
「でも…恩人の快復を願わないなんて…」
「乙女の純粋な恋心から生る願いは罪になんかなりませんよ。――願うのが恩人の死でも」
「……!!」
「お嬢さん。貴女が慕う方は黒い炎を操ると言いましたね?」
「は、はい。深く美しい、引き込まれそうな黒色の炎です」
「ああやはり、ようやく見付けました…。その炎は選ばれた者にしか扱えない、特別なものなのです。我らの仲間でも扱える者はほんの一握り。なのにあの女が、彼を連れ去ってしまった」
「あの女…って、もしかして…」
「貴女は察しの良い方のようですね。そう、病に伏せながらも彼を離そうとしない、この街では救世主のような扱いを受けているあの女ですよ」
「やっぱり…!」
「お嬢さん、どうか彼を解放するお手伝いをして頂けませんか」
「もちろんです、何をすればいいですか?」
「なに、難しいことはありません。この粉をあの女が飲むお茶に混ぜ込むだけです」
「これは?」
「単なる眠り薬です。深ぁく眠るだけで毒じゃありませんよ。まあ、例え死んでしまったとしても、神はお許しになるでしょう」
「え…いくら聖火神でも、人殺しを許しは…」
「我らが神は聖火神ではありません。その名をみだりに口にすることはできませんが、“願い”を司る素晴らしき神ですよ。己の恋を叶えるため、そして彼を解放するためであれば、死を願ったところで罪になどならない。そう、例え恩人であろうとね」
「……。」
「まだ迷いがあるようですね。私としても、貴女のような方に犯罪まがいのお手伝いを頼むのは気が引けるところです。ましてや、貴女は長年聖火神を信じてきた様子、それを裏切るのは難しいかもしれません。……ですが、聖火神が何をしてくれました?」
「それ、は……」
「汚らわしい男たちの手が肌の上を這い回り、悍ましいもので中を掻き乱され、心も体も穢されていく途中、貴女はきっと叫んだことでしょう。聖火神、何故ですか―と」
「っ……!」
「聖火神は助けてくれなかった。ずっと信じてきたのに、絶望して死を望みすらしたのに。救ってくれたのは――」
「あの方の…黒い炎…!」
「そうです。フフ…あの炎を美しいと言った貴女は、我らの仲間になる素質がある。神もきっと貴女を温かく迎え入れてくださるでしょう。それに、手伝ってくれれば、全てが終わった後に彼といられるよう私が取り計らってあげますよ」
「…私、やります。あの方をあの人から解放してみせます」
「ありがとう。貴女ならそう言ってくれると思っていました」
「この薬をお茶に入れればいいんですよね」
「ええ。決行は…次の新月の日がいいでしょう。私が彼を街から遠ざけますから、その間に」
「わかりました」
「フフ、頼みましたよ」