すいませんちょっとうっかり『新選組血風録』で被弾したので吐き出させて。特命調査慶応甲府のいつでも正月の監査官って……
いつでも正月の監査官こと、一文字則宗(以下、御前)は、自分の逸話が作り話であることを自覚しているわけだけど、その作り話とはなにかというと、まあぶっちゃけ司馬遼太郎と彼が影響を受けたとされる子母沢寛の小説なわけです(子母沢寛の小説には菊一文字の記述は見あたりません。念のため)。もちろん他にもたくさんの小説が有り、そこに描かれた沖田総司と菊一文字をめぐるやりとりや心情を、それを読んでその物語を愛した人達の想いを、作り話と知りつつ本刃にとっては確かな事実(記憶)として持っている刀剣男士(しかしそれを表には出さない)、ということになるのかな、と。
(少し話がズレるけど、刀剣男士・一文字則宗は刀工、一文字則宗の刀の集合体であり、そこに、菊紋を入れることを許されていたであろう御番鍛冶筆頭としての逸話、創作としての菊一文字則宗の逸話を持っている、という解釈をしています。後者2つの逸話についてはそれぞれ刀帳と特命調査回想で本刃の口から言われている。集合体であろうというのは御前の持つ本体、柄の拵が二つ銘則宗の笹丸のものに似ていること、しかし鞘の方は男士の刀紋をあしらった言わばとうらぶ独自のもので、本刃からも特定の刀であるという言及はないことからの推測です)
(1/29追記。笹丸の拵より、日枝神社蔵の一文字則宗の太刀のほうに似ている気がしてきましたので、一応ここにも追記しておきます)
で、本題に戻ってその「作り話」の具体的な話をするんですが、司馬遼太郎の短編集『新選組血風録』のなかの『菊一文字』がそのひとつにあたります。御前の言う、「金一万両」というのは間違いなくこの話が元ネタ。つまり御前の逸話は、この話の強い影響下にあるとも言える。
ここからが被弾の話。
……うっかり血風録読み直しちゃったんですよ……。ちょっと一緒に巻き込まれて下さい。
(前略)ほかに執着のなさすぎるほどの若者だが、この菊一文字則宗だけは、人を斬るために使いたくなかった。
(中略)
「則宗は、七百年ですよ」
というのである。この刀は、七百年生きつづけてきた。異常なことである。その信じられないほどの長い歳月のあいだに、則宗は何度か戦場に出たであろう。当然、刀というものの機能からすれば、折れ、損じ、あるいは焼失するはずのものである。が、この則宗は奇蹟のごとく生きつづけてきた。七百年、所持者はどれほど変わったかはわからない。すべて死んだ。みな土中にある。
則宗だけは生きている。生きる価値を天からあたえられて生きつづけているように、総司には思えるのである。
「七百年」
あとも則宗は生きつづけよ、と、沖田総司はふと祈りたくなるような気がする。総司は、死が近づくにつれて、笑顔がすきとおるようになってきたといわれる。そういう心境のなかから、
「七百年」
の寿命に、近藤や土方にはわからぬ感動がうまれているのであろう。(後略)
『新選組血風録』(司馬遼太郎)短編『菊一文字』より抜粋
泣くわこんなん。
こんなの、「次の700年」なんて、人が刀に託す願いそのものじゃないですか……。現在まで伝わっている日本刀は三日月だって大包平だって皆「後の世まであれこの宝」と願われて残っているわけで。作り話の刀がそれを作り話のなかの沖田総司に祈り願われている。
こんなもん抱えてんのかよこの刀。
こんなもん抱えて、それでもそれを作り話だと弁えているから表には出さない。たしかに愛された記憶があるが、それはフィクションだった。いまの自分は一文字則宗であって、菊一文字則宗とは名乗れない。愛に果てはないけど、それを与え、語る、人の命も物語も永遠ではないと身を以て知っている。
だけど、そこから生じる移ろいや欠落、捻じれを歪と呼んで、だからこそ美しいと言う刀剣男士。
それが一文字則宗という刀なのかと。
そして彼は、愛されるだけではすべてはかなわない、前へ進め、戦え、考えろと清光に伝えている。
与えられる逸話(愛)は記憶(命)や記録(物語)が失われることによっていつか終わりを迎えることを知っているから、同じ逸話を歪な形とはいえ共有している清光(とそして安定)に対して、愛されるだけではだめだ、と、とても懐深く、導くように、年長者として振る舞っている。
歪を美しいと言いながらも、沖田総司の愛刀としての逸話ひとつだけで顕現している非現存の沖田組の真っ直ぐで純粋な危うさを案じてもいるのだろうなと思った。あと、若い刀ゆえの伸びしろを感じておせっかいしたくなってもいそう。そして御前自身も彼らと会うことで、何か自分のなかで昇華したいものがあったんじゃないか。
だめだ、まとまらなくなってきた。
一文字則宗。とても有名で有力な古い刀、でありながら、そんな柔らかい繊細な部分も隠し持っているとか、そんなん好きになるしかないじゃないですか……しかも土井先生の声帯でしゃべるし……
あと、私が二次で『人の想い』と書き表してきて、他の多くの審神者もまた色々なことばで表現してきたものを、御前はひいては刀剣乱舞は『愛』と呼んでくれるのだな……と。その肯定も嬉しかったです。
いまつるちゃん、修行で僕は実在しない刀だった、と書いてきたけど。その物語はたしかに必要とされてたんだよ、君は愛されてたんだよ……。各方面に刺さりますね、御前の語ることは。
沖田組と菊一文字の関係を、こういう絶妙なキャラ造形でこういう内容で見せられるとか、ほんとに思わなかった。安定との回想もすごく、すごく良かったです。
特命調査、慶応甲府めっちゃ良いです。ありがとう刀剣乱舞。新たな沼です。
『新選組血風録』よかったら読んでください。短編集なので1話が短くてさくさく読めるし、菊一文字の話では、則宗と和泉守兼定と虎徹を3振り並べて鑑賞してたりします。ぜひ。