バレ含み妄想。テーマ:夢見の悪い正義くん。たまに妄想と現実の区別がつかなくなるんですけど二人がホテルに暮してたのって公式設定ですよね?え?二次創作設定じゃないよね?同室と書いてないだけで、ふたりはホテトモだよね??小説に非ず。長い。
リチャードとの食事と会話にほとんどを費やしたという残りの航海のなかで。散歩とかももちろんしたと思うんだけど、やっぱり部屋でふたりで過ごすことがおおかったんじゃないかなって。ホテルでの暮らしに近いその距離感は慣れ親しんだもので懐かしいもので心をとても油断させるのではないかって思うんですよ。
日がなゆったりと過ごすふたり。そんなときにリチャードのスマホに入る着信。顔をしかめるリチャード。せっかく正義くんと二人っきりなのにね。逡巡するリチャードに出るように促す正義くん。こういう生活、懐かしいなぁ。こんなふうにふたりで暮らしてたんだよなって。俄然、同棲設定を押していく。そうしなければ都合の悪い設定が出てくるからだ!辻褄合わせは過去に済ませている!→https://fusetter.com/tw/ClyVL
リチャードが電話に出る。己の理解できない言語で話すリチャードのビジネスライクで美しい声に耳を傾けながら、少しまどろむ正義。まだ体内時計が乱れているのだろうか。疲労心労も溜まっているだろう。リチャードの声を子守唄に眠りに落ちる正義。
懐かしい夢を見た。懐かしいということも忘れていたくらい。それは東京にいたとき何度も何度も見た夢だった。そう。こんな風にホテルで暮らしていたとき、幾度となく己を魘した夢。逃げ切れない。苛まれる。
「正義!」
その声で現し世に引き戻された。はっと飲んだ息は全力疾走のあとみたいに絶え絶えの風を巻き起こす。痛むほどに胸を叩く動悸は目前にある世界一美しいかんばせのせいだけではあるまい。ふるり、身体を震わせれば全身をじっとりと濡らす汗が身体の熱を奪う。そう。そうだった。悪夢とはこういうものだ。すっかり、他人事のように忘れていたけれど。呆然と目を丸くする正義の肩を支えながらリチャードはもう一度名を呼ぶ。
「正義」
「あっ、あぁ、うん。ごめん。魘されてた、みたいだな。起こしてくれてありがとう」
「いえ……まだ、夢見は悪いのですか?」
「いや、最近は全然。久々で驚いた」
汗を拭うふりをして目元に触れたが、濡れていなくて安心した。憂いのセレスタイトに真正面から見つめられるその懐かしさに心を満たされる。あぁ、懐かしいなぁ、この感覚。
「疲労、でしょうか」
「いや、たぶん、この環境じゃないかな」
「環境?」
「あのときのホテル暮らしに少し似てるだろ、これ」
リチャードの瞳が揺れたその瞬間を、正義は見逃した。見ていたとしても、その意図は理解できなかっただろう。己の言葉が拒絶に近いなどと、思うはずもない。あの生活を思い起こさせるこの現状から逃れたいなどとはこれっぽっちも思ってはいないのだから。
「俺、何度も言うようだけどあの頃の記憶が朧気なんだ」
「当然のことです」
「忘れた訳じゃないのに、他人のことみたいに遠くてうまく思い出せないんだけどさ……」
「正義?」
会話の途中で、息を溢すように笑う正義にリチャードは眉を潜める。真っ青な顔をして、汗に濡れて、息を切らしながら、何を笑うことがあるのか。ぞっとする、なんて言えば大袈裟だろうがその瞳は不安に染まる。されど正義はなんてことはないと、払うように手を振って笑う。
「思い出した。あの時もこうやって、おまえがそばにいてくれたな」
忘れた訳じゃない。彼は確かに多くの時間、そばにいてくれた。悪夢による寝不足が顕著になると、別室だったホテルの部屋はツインルームに代わり、魘される正義を起こしてくれるようになったことを、正義はちゃんと記憶している。あまり、実感はない。よくもまぁそんな迷惑以外の何者でもない、赤ん坊のお守りのようなことを頼めたとおもう。というか、拒否した覚えがあるのだが、それが通らないほどの有り様だったのだろう。その言葉に甘えるほど衰弱していたのだろう。
魘されれば、リチャードは必ず起こしてくれた。過呼吸のようにあえぐ正義の、汗でじっとりと濡れた背中を撫で擦りながら、その名を優しく呼んでくれる。現実に引き戻し、世界一安全な場所にいることを思い出させてくれるリチャードの声を。眼差しを。温もりを。昨日のことのように思い出す。
「うん。あれは、悪くなかった」
「……悪くない?」
「あれが、恋しかったのかもしれないなぁ」
久々に会えたから。久々に、一緒に居られるから。ああ、言葉にすると、根っからの甘えただなぁ。ただ、本当に効果はてきめんである。悪夢なんかこれっぽっちもあとを引いていない。汗だくだし、まだ心拍も少し早いけど。それだけだ。リチャードがそばにいる。それ以上に大事なことなどひとつもないし、不安に思うことなど存在するはずもない。
「悪夢が恋しかったと?」
「いや、悪夢じゃなくて……」
おまえが恋しかった。
言いかけた言葉を慌てて飲み込む。手のひらで己の口を覆う正義の様子に、リチャードはもはや疑惑の目を隠しもしない。
「正義? 一体なにを」
「はんへもはい!!」
手で押さえたまま、なんでもないと叫べば、そうもなる。しかし、こちらも必死だ。こんなこと言ってたまるか。誉め言葉とは次元が違う。こんな、下手なナンパみたいなこと、こんな、告白みたいなこと!
口を慎む、高等技能がなんだとこないだは言っていたくせに、今日のリチャードは何故か食い付きがよく、引き下がる様子がない。口を覆う手の首をそっと掴まれる。ひんやりとした肌が湿った己の肌に触れるのが気恥ずかしい。あぁ、やっと落ち着いてきた動悸がまた激しく、ていうか近くないか? さっき、電話していたときは向かい側のひとりがけのソファに座っていたはずなのに、いつの間にか正義の座る三人がけのソファのすぐとなりに、いや、自分を起こすため、だ、分かってる、分かってるけど、近い。そんなに近くからそんな、どんなハイエンドの宝石よりも美しい瞳に見つめられたら。
数分後、洗いざらい吐かされた正義は顔を真っ赤にしながら唇を噛み締めていた。別に、強要なんかされていない。「話せ」の一言すらなかった。されど、あのセレスタイトはどんな自白剤よりも正義に効くのだ。囚われれば決して逃げられない。抗う術などこの世に存在しないのだ。
「満足そうだな」
不機嫌にそう呟けばリチャードは事も無げに肩をすくめたが、その顔は微笑みを絶やさない。くそう。言った瞬間の驚いた顔と、そのすぐあとに浮かんだ満足げな表情が目に焼き付いて離れない。あんな顔、反則だ。危うくもう一度告白するところじゃないか。勘弁して欲しい。
補足すると、
自分の存在が、共に居ることが正義にとって負担になるのかってリチャードは一瞬ひやっとするんだけど、真逆だったから満足げなんだよ。嬉しかったんだよ。