【望むのは】
「……。」
「…あら」
「ん……そなたは…」
「転寝(うたたね)なんて珍しいですね。今日は休みますか? ルートの確認ならまた明日、朝ごはん食べながらでもできますし」
「確認が先だ」
「わかりました。なら、ちょっと待っててください」
「?」
「疲れに効くハーブがあるので、宿の人に頼んでお茶を淹れてきますね」
笑顔でそう言った彼女は、私の返事を待たずに部屋を後にした。
引き止めなかったのは寝起きで未だ幾分頭が鈍っているからか、それとも――懐かしい夢を見たからか。
“彼女”と初めて会い、そして別れた時の夢。
割り切った筈だが、こうして思い出すと胸の奥で燻る思いが顔を出す。
あの時のことを思い出さなくなって久しいというのに、今更夢になど見たのは―
「お待たせしました。宿の方が果物をくれたので一緒に食べましょう」
「…ああ」
「……サザントスさん、お疲れならやっぱり今日は寝た方が――」
「ミトスよ、一つ訊ねたい」
「なんでしょう?」
「そなたが、誰かとある約束をしたとする。約束は果たされぬまま時が流れ、もう決して叶うことがないと知れた時、そなたはどうする。それでも約束を守ろうとするか?」
「はい」
「迷わぬのだな…。叶わぬ約束を抱えるなど、不毛だと思わぬのか」
「そうですね、ちょっと思います」
「ならば―」
「でも、相手はまだ、約束を守ろうとしてくれているかも知れない」
「――!」
「そう思えば、果たせない約束だとしても投げ出したくありません。せめてその相手と約束に恥じないように在りたい」
「………そうか」
「まあ、どんな約束なのかにもよりますけどね。さすがに結婚の約束は、相手が別の人と結婚してしまったら無理ですし」
「諦めぬと言ったばかりではないか?」
「だって! 結婚の約束は! 無理でしょう!!?」
「自分を選ばなかった者を呪う輩なら数え切れぬほど見てきたが」
「そんなことしませんよ! それは……まあ…約束したのに、とか。悲しいとか、思うかも知れませんけど…。その人が幸せなら、それ以上望みません。それこそ誰かの不幸なんて…」
「…そなたの旅の目的だったな、“皆が幸せであるように”」
「はい。…って、質問から逸れちゃいましたけど答えになってます?」
「ああ」
「良かった。じゃあお茶を飲みましょう、きっと飲みやすい温度になってますよ」
そうして注がれたハーブティーは爽やかな香りを立ち上らせたが、私の胸の奥までは届かなかった。
諦めないというのは、実に彼女らしい答えだ。
だが…私が諦めなければ、彼女の絶望を望むことになってしまう。
ならば私はやはり、彼女と同じ答えは選べない。
例え彼女が、今も約束を果たそうとしてくれているのだとしても。