11/22:宗花
11/22(良い夫婦の日)なので宗右朗と花以音のお話。
文才など皆無なので自己満足
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15年前の2035年。とある日の朝
閉じたカーテンの隙間から差し込む朝の日差しが宗右朗の瞼にかかり、彼を覚醒へと促す。
もう朝か…と、布団の心地良さに負けて再び微睡みそうになる宗右朗へそれを許さないとばかりにふわりとコーヒーの香りが鼻をくすぐる。
───あぁ、そろそろ起きなきゃな…
自分の起床を待っていてくれているであろう愛しい人を思い浮かべ、ベッドからのそりと出る。ベッドから足を下ろし、布団の温もりが無い部屋の空気をヒヤリと感じる。少し肌寒い季節になった。
ゆったりと寝室からダイニングへ向かい、ドアをガチャリと開けると心地よい声が優しく響く。
「おはようございます。宗右朗さん」
「おはよう。花以音」
妻である花以音。その人がふんわりと微笑みながら朝の挨拶をしてくれる。
宗右朗も自分が自然と口角を上げて挨拶しているのが分かる。
「宗右朗さん、昨日も遅かったんですから…もう少し寝てても時間は大丈夫ですよ。」
花以音はそう言いながらも無駄のない動きでコーヒーを淹れ、朝食の準備をしている。
「いいんだ。ちょうどコーヒーのいい匂いで目が覚めたから」
そう答えると花以音が宗右朗の寝癖にクスリと笑っているのに気付き、彼は慌てて髪を撫で付ける様に頭を掻く。
そんなやり取りさえも心地いい。
宗右朗と話しながらもテキパキと家事をこなす彼女は家庭用アンドロイドなのだから当然なのかもしれない…。だが宗右朗は彼女だからそう出来るのだと思っている。
ダイニングテーブルへ向かうといつもの席には淹れたてのコーヒーと今日の新聞。日課として目は通しているものの、目覚めたばかりの頭にはしっかりとは入ってこない。コーヒーの熱で目を覚まさなければ…と飲み進めていると、そこに朝食が運ばれ、新聞紙はすぐに役目を終える。
「ありがとう、花以音」
新聞紙を畳みながらお礼を言い、まだ時間に余裕もあるのでゆったりと朝食を取る。
そこにひと段落ついたのか花以音が向かいの席に座り、朝食を食べる宗右朗を優しい眼差しで見ている。
「今日も遅くなりそうですか?」
「いや、今日こそ早く帰るよ。花以音に寂しい思いさせてるだろうし」
「もう、宗右朗さんったら…嬉しいけど、無理しちゃダメですよ」
「分かってるよ。でも俺がそうしたいから。だから」
「ふふ、分かってますよ。宗右朗さんの好きな物、作って待ってますね」
花以音の話し方は出会った時のままにしてもらっている。
俺達の関係が変わったからとはいえ、俺の都合で変えさせるのはどうか…と思ったからだ。
花以音から不意に砕けた話し方になる事が嬉しいというのもある。
正直、彼女が自発的に何かする事は全部嬉しくなってしまう。それが俺の為だと尚更だ。
これを愛しいと言わずしてなんと言うのだろうか…
他人からは俺達の関係はままごとの延長に見えるかもしれない。
アンドロイドを物の様に扱う者も命あるものだと思わない者もいるが、俺はそうは思わない。目の前にいるのはこの世界でただ1人の女性で、彼女と出会えた俺は心から幸せを感じている。
そんな風に物思いに耽つつ食べ進めていると、ふと思い立つ
「花以音、次の休みはどこか…出掛けないか?」
刑事という職業柄忙しなく、上手く休みや家族との時間が取れないなんて事もザラにあるが、時代なのだろうか月に何日かは絶対に休まなければならない日なんていうものもあったりするのだ。
「そうですね…あ!そう言えば、週末に蚤の市の様な催しがあるので行ってみませんか?」
「いいな。一緒に色々回ろうか」
「えぇ。ふふ、楽しみにしてますね」
こういった何気ない約束も2人にとって大切な思い出になっていくのだろう。
ずっとこの心地良さに浸っていたいが、時間がそれを許してくれない様だ。
いつもなら出勤用のスーツに着替えているであろう時間に流れる天気予報がTVから流れ始めた。
もうすでに殆ど食べ終わっていた朝食を慌てて平らげ、食器をキッチンに運ぼうとするが、花以音に制止され着替える様に促される。
「ごめん。ちょっとゆったりし過ぎたか…」
「いつもより3分遅れてますが、遅刻しない範囲なので大丈夫ですよ」
バタバタとジャケットを羽織りながら準備をする宗右朗にクスクスとどこか楽しそうに笑う花以音。
「まぁ、気持ち小走りで行くよ」
そう言い、玄関まで見送りをしてくれる花以音の頬にそっと触れる。そこに温度は無い筈なのに温もりはあった。それを確かめるかの様に優しく撫で、額に口付ける。
くすぐったそうに微笑む花以音はどこか嬉しそうに見える。
お返しとばかりに頬に触れる俺の手を取ってそっと手のひらに口付ける。
手のひらがじんわりと温かく感じる。
「気を付けて、いってらっしゃい」
「いってきます」
名残惜しいがそれすらも心地良い。
俺には帰る場所と待ってくれている人がいる。
この幸せがいつまでも続けば良いと思わずにはいられない。
数年後、あの日が来るまでのとある夫婦の幸せな時間 ─────