インフィニティウォー、たしかにヒーロー映画史上最悪のバッドエンドにも思えるけど、彼らはなぜ"Avengers"なのか?というテーマに立ち返ってみると、この絶望しかないように見えるラストが壮大な前フリに思えてきて心に希望が溢れてくる。
アベンジャーズ1作目でトニーがロキに対して言い放つ
「お前の兄の神様もどき、生きた伝説のスーパー・ソルジャー、怒りを抑えられない男に暗殺者2人、それをお前は-全員怒らせてしまった」
「どんなに強い軍が来ようとお前だけは倒す」
「地球を滅ぼされたら、必ず"Avenge"(報復)する」
「お前はもう1人怒らせた 彼の名はフィルだ」
この一連の台詞は"Avengers"というチーム名の由来にもなっているが、我の強いヒーローたちをチームとして結束させたものが何だったのかが明確に言及されている。
地球の危機に際してもすんなりとは手を取り合えない、曲者揃いの彼らが結束するキッカケになったのは、フィル・コールソンの死だった。
"Avengers"とは直訳で「報復する者達」、噛み砕いて意訳するなら「誰かの仇を討つために力を合わせて敵を打ち倒す者達」くらいの意味だろう。
つまり裏を返せば、アベンジャーズが結成当初の本来の意味で"Avengers"となるためには、大きく2つの条件がある
①仲間や親友、家族、愛する人の犠牲
②①の仇を討つために全員が団結し力を合わせること
その意味で今作は、上記条件の①を、2時間半の尺を使って気が遠くなるような熱意、才能、リソースを惜しみなく注ぎ込み、これ以上なく美しくかつ残酷な形でやってのけた、史上最大級に壮大な"前フリ"といえる。
長年熱狂してきたキャラクター達の活躍、彼らが歩んできた道のりの全てがこの絶望的なゴールに向かって用意されたものなのか、だとするならば彼らが紡いできた物語には何の意味もなかったのではないか、そう思わざるを得ないほどあっけなく訪れる「終わり」は、世界中のオタクのメンタルを奈落の底へと叩き落とした。
これまで熱心にシリーズを追いかけてきたオタクであれば誰しもが、残されたヒーロー達と同じように、かけがえのない存在を失う怒りと悲しみに身を震わせたはずだ。
全ての元凶であるサノスをぶっ殺してやりたいと、心の底から思った方も多いのではないだろうか。
つまり『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』は、残されたヒーローたちだけでなく世界中のMCUファンをも巻き込んで、かつてないほど巨大な報復="Avenge"の動機を与えるという、その1点のみに全身全霊をかけた作品といえる。
一方で、今作でアベンジャーズのオリジナルメンバー全員が一堂に会して共闘することは、ついに叶わなかった。トニーはスティーブへ電話をかけることを躊躇い、ブルースはハルクに変身できず、ホークアイはスクリーンに登場すらしない。戦う目的は同じはずのトニーとスティーブは、結局最後まで合流することはなかった。
ここから言えるのは、アベンジャーズ4で描かれるのはアベンジャーズをAvengersたらしめる条件②、"Assemble"団結の物語であるということだ。
そう考えれば、今作でオリジナルメンバーの全員集合が叶わなかったことも、オリジナルメンバー以外の主要キャラクター達がほぼ全滅してしまうという耐え難い結末も、次作で起こるオリジナルメンバーの真の団結、"Assemble"へと連なる必然と捉えることができる。
(劇中でストレンジが見た1400万通りの未来のうち唯一サノスに勝利する未来とは、何らかの要因によりオリジナルメンバーが揃うことで成立する未来だったのではないか。だからこそ前言を撤回してトニーを生かし、タイムストーンを渡す選択をしたのかもしれない。)
そして最大の"Avenge"が成し遂げられサノスに勝利したとき、2008年から紡がれたAvengersの物語は終幕を迎えるのだ。
しかし、Avengersの物語は終わりを迎えてもMCUの物語は紡がれていく。
彼らからバトンを渡されるのは、言うまでもなく今作で消滅してしまった新世代のヒーローたちだ。つまり、サノスに勝利した未来では間違いなく彼らは生存していると思われる。
彼らにバトンを渡すためにも、今は踏ん張り、悲しみを乗り越え、残されたヒーロー達と共に来年のAvengeに備える…つまりアベンジャーズのオモチャでひたすらに遊ぶことが、今の僕たちにできることなのかもしれない。トイサピ行ってきます。