能楽好きのオタクが映画 犬王を観たので、観たあとにダーッと書き散らした感想ツイのまとめです。
犬王観た!始まった瞬間、う……うわ〜めちゃくちゃ能のこと調べて描いてある〜!!て変なところがツボってしまった。
特に最後の無音の場面、あれ犬王が舞ってるの羽衣じゃん……羽衣だよね?羽衣ってことは「いや疑いは人間にあり、天に偽りなきものを」じゃん……ってしばらく頭を抱えることになった。
えーんそこでそのチョイス……やりたかったことめちゃくちゃ分かる……能楽好きとしては能の一番芯で根幹で起源で本質である「語りと謡による鎮魂劇だよ」を体現してくれてたのがよかったな。というか幼少友魚のアニメーションキレッキレすぎたな。すごかった…。
逆にライブシーンになると演出とコンテが単調になりがちなので、これ一番足引っ張ってるのは実はライブシーンの音楽なんじゃないかな?
ライブ劇〜!を押し出すならそこをもう少し一皮剥けてほしかったな。ライブ劇のライブシーンなのにそこが際立った鑑賞体験にならなかったのだけが本当に惜しい…。ライブシーン以外は絵コンテも演出も動画も本当に優れていただけになおさら。日本のアニメーションってこんな表現ができるんだねって白眉。
ライブ劇なのにライブシーンの演出コンテ音楽がもったいない〜!!いっそハイライトで繋いで犬王と友魚とのやりとり増やした方が私としては満足度高いんだけどやりたかったことは分かるんだよな……能のことこんなに調べて描いてくれてありがとね……。
竜中将で翻る羽衣と最後の無音の羽衣、どう考えても掛けてある上にあんなに対比させてるから、最後の犬王が舞ってるのやっぱ羽衣じゃん……(犬王が得意としたと云う)天女の舞……はい。羽衣かあ〜!いや〜疑いは人間にあり!!天に偽りなきものを!!!!
犬王、能楽をかじってる人間が観ると「天に偽りなきものを……」と観終わったあと謡曲羽衣の詞章を呻くことになりますという印象です。
南北朝時代の歴史文化風俗の、膨大な量の文献を読み込んだ上でさりげなく描いてくる細やかな日常描写にプラスして、びびるくらい能のこと調べて描いてあってびびった。エッセンスが多量。
最後も直面(ひためん)で舞ってはいるけどそれはもう犬王にとっては面(おもて)をつけた顔なんだよな〜……無我であり無であるからこそいっさいの悲哀も体現できるんですが……桜が散りこぼれる中での無音の羽衣、友魚と犬王二人への弔いだったね。美しいゆえに「死」が詰まってた。天に偽りなきものを……(ずっと言ってる)
羽衣をそんな使い方する!?ずるいんだよ!!(これは褒めているツイート)
映画館を出て真っ先にやったこと、「あの無音のシーン、羽衣のシテ装束だったよな…?間違いないよな…」て画像検索することでした。合ってた。偉いな私の記憶野。羽衣のシテじゃん〜……えーん
あっそうそう、「このころ都にはやるもの」とか「仏は常にいませども」とか梁塵秘抄の有名な今様が聞けたのよかったよね。今様は文字で読むより音で聴いてこそだよな〜やっぱ。もっと歌起こししてほしい…いっぱい聴きたい…。
能の起源と本質は「語り」と「謡」による「祈りと鎮魂」であり、語り継がれる平家物語や謡曲でもなお拾いきれていない、今まで語られなかった物語、歌われなかった歌を謡いながら、しかもそれを自分の歌としてぶち上げて生き様と魂をこめながら、まさしくそれを体現して平家の亡者をずーっと弔ってきた二人が、最後に羽衣で弔われるんだな〜……逆に舞の美だけを求めて鎮魂の精神に目を向けない比叡座の棟梁はそこには絶対に立てないという。
総評としては「ライブシーンだけが本当に惜しいけどそれ以外はめっちゃ良かった」です。脚本もさすが手堅く綺麗にまとめてあったし展開も好きだし最後の終わり方もすごく好きだった。二人の再会で熱い涙があふれて泣けちゃった。肝要な箇所なだけに重ねがさね惜しいな〜!でも「天に偽りなきものを……」て謡曲羽衣が刺さって頭抱えて唸ることになるとは思わなかったので観てよかったです。
【追記】
「パフォーマンス、能じゃないじゃん!完全にギターロックフェスじゃん!」て思う人がいる一方、「これ音がギターなだけで演ってることが完全に能だわ……精神性が能楽……」て私は見てました。現代楽器で創作能を観る機会はあんまりないので、この点はとても面白い体験だったな。
冒頭、現代において語り手(のちに友有と判明する)が琵琶を掻き鳴らす→昔々の過去の出来事を回想し物語る→現在軸に戻って再会からの弔いと成仏、っていう入れ子型構造、まんま能楽の夢幻能の手法にも似ているね。
シテは過去なにがあったかを物語り、昔を今に再現し、ワキや観客はそれを見届けることで供養と鎮魂をなす。「自分たちがこの世にいたことを、誰かが知るだけでいいんだ。それで報われる。俺たちはここにいるぞって」そう、祈りと鎮魂の能ってそういうことです。
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上記は観た直後にわーっと書き散らしたものですが、犬王、能のこと知らなくても全然問題なく楽しめるタイプのエンタメ映画なので(歴史文化時代背景を知ってたら作品解像度に深みが増すのはなんであれそうですが)、能楽が好きなオタクはこんなとこに着目するのか〜くらいに気軽に読んで頂ければ幸いです。能を知ってないと楽しめないの?て気遅れする方が出たら困る…全然心配いらない…私の見方と刺さり方がちょっとインコース鋭角なだけです。羽衣はずるい…天女の舞…天に偽りなきものを…(呻き)