(※二次創作、何でも許せる方向け)流れ星の長い差分です さ、差分…没バージョン…? 供養で投げたやつの全体像 読みづらい上に薄っぺらいのですごくお暇な方向けです
『皋さん、お久しぶりです! ますます寒くなってきましたね。この間、浪磯でもみぞれが降りました』
『今日は流星群の極大日らしいです。俺たちは明日の朝が早いので、昨日のうちに三人で夜更かししました。けっこう見られたんですよ!』
『こんなことを言うと、皋さんには「何か願ったのか」なんて聞かれてしまいそうですね。今でも俺にはカミに叶えてもらいたい本願はないです』
『ただ、昨日は願いごとをしました。櫛魂衆の俺たちも、闇夜衆の皆さんも、六人全員が万全の状態で舞奏競を迎えられますように、って』
『流れ星にカミのような力があるかは分かりません。それでも、この願いは叶うと信じてます』
『願いはともかく、流れ星はやっぱり綺麗です! 遠流も比鷺も本番前の緊張をほぐせたみたいでした。皋さんは最近流れ星を見ましたか? もしよかったら、闇夜衆の皆さんも今夜の空を見上げてみてはどうでしょうか』
『あっ、十分に暖かくしてくださいね! 舞奏競まであと少しですから、皆さんどうかご自愛ください』
きんと冷えた冬の空気の中で、六原の言葉は雪の照り返しのように輝く。明るい声が脳内で再生されて、スマートフォンから皋の指にエネルギーが伝わってくるようだった。
迫りくる舞奏競の対戦相手とはいえ、溌溂とした若者のメッセージには心が和む。休憩が終わる前に返事をしよう、そう思ってメモ帳アプリを開いた。皋は探偵という衣装を脱ぎ去ったときの失言率を自覚している。罪のない少年とのやり取りにおいて、下書きをしないではいられなかった。
アプリを何度も切り替えて六原の言葉を読み返し、恐る恐る文章を打ち込んでいく。
『久しぶり。譜中も寒いけど、雪はまだ降ってない。闇夜は全員健康だ。そっちの三人も元気みたいで良かった』
早々に指が止まってしまった。いや、進捗としては「早々に」だが、時間としてはそこそこ経った。名探偵・皋所縁であれば、この短文を絞り出した時間でトリックの解説を終えられただろう。
なんかこの文面そっけなくないか? 大人からこのメッセージが届いたら怖いんじゃないか? 内容自体は六原の挨拶と大差ないはずなのに、この印象の差はなんだ? エクスクラメーションマークの有無か? 『久しぶり!』いや無理だ、探偵じゃない俺には無理だ。
その後に続けるべき言葉も悩ましい。話題への応答をぽつぽつと並べてみるが、どうもなめらかに繋がらない。第二外国語で作文をしているようだ。
一気に肩と首が凝った気がする。知らず知らずのうちに猫背気味になっていた。深呼吸をして姿勢を正し、とにかく書き進めることにする。何事もまずは書き上げてからブラッシュアップをするものだ――どこかの作家がそんなことを言っていた。天才小説家の頼れる仲間が何と言うかは知らないが。
『浪磯は星がよく見えていいな。都内ではそんなに見えないよ』
「いやこれは駄目だろ、これは嫌味な感じだろ! あーもう!」
「どうしたんですか、所縁くん。表情筋のトレーニングは終わりましたか?」
耐え切れず机に突っ伏すると、すかさず斜め向かいの席から楽しげな声が飛んできた。皋の文章が嫌味っぽくなるのは、日常的にこの男の嫌味に晒されているせいではなかろうか――そんな責任転嫁を飲み込み、ぶっきらぼうに返事をする。
「誰も顔なんて鍛えてねーよ、むしろ頭を働かせてる」
「えーっ、失格探偵さんも頭脳労働ってするんですね! まるで名探偵みたい! 社会勉強になっちゃうなー」
「もうお前への返答に脳のリソース割きたくないからしばらく黙っててほしいんだけど」
「それはちょっと鈍りすぎじゃないですか。所縁くんが同時に解決した事件は最大で六つ、ぎりぎり片手で数えられない記録的で完全な数字だっていうのに。あーあ、才能が錆びついていくさまを目の当たりにするのはつらいものです」
「必要な才能が全然違うんだよ。事件の真相には正解があるだろ……」
弱り切って深々と溜息をつく。さすがの昏見も仏心を出したのか、軽口をやめて「どれどれ」と身を乗り出してきた。横に垂れる髪を耳に掛け、机に投げ出されたスマートフォンの下書き画面を覗き込む。
「六原くんですか? また連絡をもらえてよかったですね。というか、うわあ、所縁くんって毎回こんなことしてるんですか? もしかして私への返信も?」
「お前相手にもこれが要るのか」
「要りませんよ、されてたらどうしようかと。私が予告状を書くよりもよっぽど時間がかかりそうですし」
「は? あの予告状そんな手抜きだったのかよ」
「この世の全怪盗の平均を取ってもこれを完成させるまでより短時間だと思いますけど……」
それは怪盗なんていうはっちゃけた職業を選ぶ奴らは手紙くらいノリで書けるんだろう。奴らというか、実在の怪盗はこいつ一人しか知らないが。皋だって探偵ライクな何かを書けと言われたらもっと早く書ける。全身全霊で自分を大きく見せていた頃なら尚更だ。
ただ、現在の皋は覡で、相対するのは六原三言。皋に失言の前科あり。地球上にいるらしい怪盗どものように軽やかに言葉は紡げない。
そう考えながら、皋は苦渋の決断を下すべきか真剣に悩んでいた。つまり、斜め前の元怪盗に恥を忍んで助けを請うべきか。櫛魂衆宛ての私信の添削を頼むならこの男が一番適任だろう。こいつも櫛魂衆との関係を悪くしたくはないようだったし、皋が頭を下げて頼めば手を貸してくれるんじゃないかと思う。皋のプライドと引き換えに。
画面に表示された時刻を確認し、時間がそう潤沢ではないことを認める。そろりと昏見を伺うと、昏見はにこやかな笑みを深めた。怪盗数十人分の愛想を集めて固めたような、砂場の幼児を眺めるような、全てを見透かしているらしい、要するに死ぬほど癪に障る笑顔だ。皋は心の天秤の片方の皿を手で支え、自身が味わう屈辱の重みを無視することに注力した。
「あー……昏見。そこの文章にダメ出ししてくれ。具体的に言うと高圧的とか嫌味とか思われるとこを教えて」
「そんな! 愛するチームメイトから『マジでむかつく』と評判の私には荷が重いです! 『お前のことが気に食わない』とか書いてあってもうっかりスルーしちゃいますよう」
「頼むから。その流れには後でいくらでも付き合ってやるから」
「いくらでもって、いくらでもってことですよ。途中で切り上げちゃ駄目なんですよ」
「訂正するわ、十五分以内ならいくらでも付き合うから」
「はー、所縁くんの十五分なら永遠にも等しい十五分だと! リーダーが自信家で心強いことです」
わざとらしい声を上げた昏見はぐるりと机を半周し、皋の隣に腰を下ろした。皋がチャットアプリに切り替えてみせると、小首を傾げて目を通す。画面を操作して下書きに舞い戻り、頬杖をついて感想を言う。
「別に『気に食わない』レベルまで酷いことは書いてないじゃないですか。そう慎重にならなくっても。所縁くんったら奥手ですねえ」
「おい、そのレベルまでってことは多少は酷いんだろうが! やっぱり!」
「いえ、言葉のあやですよ。本当に言うほど酷くないです。考えすぎというか、自意識過剰じゃないですか? 六原くんは些細な言葉に悪意を見出す人じゃないでしょうに」
「六原はそうかもしれないけどさ、これは俺の社会人としての意地っていうか……あと残り二人の問題っていうか……」
「あ、失格探偵さんって社会に参画してるんですね」
いまさら皋の口下手さが発揮されたところで、たしかに六原は気にしないだろう。あの少年には過分におおらかな特性がある。これはもはや皋の心情の問題なのだ。あと、櫛魂衆の残り二人の。皋が例の大人げない言葉を六原に向けて発して以降の八谷戸の視線は忘れがたい。食事の場でも存分に気を遣われ話題を振られはしたが、節々で切れ長の瞳の奥に厳しい冷たさが見て取れたのだ。あれは絶対に気のせいじゃない。
未成年者の幻影に背筋を冷やす皋をよそに、規定量の嫌味を吐き終えた昏見が呆れた顔で本題に戻る。
「まあ、所縁くんがそこまで言うなら。まずこの『流れ星なんかここ数年見てない』ですけど、どうせ『なんか』が馬鹿にしてるように見えないかって気にしてるんでしょう? 見えませんけど、気になるのなら――」
昏見が真面目に協力を始めた途端、するするとメッセージが完成していく。すこぶる腹の立つことに、昏見には添削者の適性まであるのだ。こいつ以外の怪盗たちは、文筆業にでも紛れてるんだろうな――と、ここで萬燈のことを思い出した皋は慌てて馬鹿げた空想を振り払った。
無事に一仕事を終えて、皋は素直に礼を言う。昏見は機嫌よく礼を受け取り、弾んだ声で問いかけてきた。
「で、どうします? 所縁くん」
「どうしますって、何をどうだよ」
「やだなー、決まってるじゃないですか。今夜の集合場所ですよ! あとあと、おやつは何円までか!」
目をきらめかせる昏見はとっくに流星を見に行くつもりらしい。それも、皋と萬燈と共に。たしかに六原のメッセージを素直に受け取ればそうなるのだが、皋は若干の困惑を覚えた。え、フットワーク軽くない?
「や、練習の後ってなるとけっこう時間遅いだろ。せいぜい社にちょっと残って見上げるくらいが限度じゃないの? 集合ってお前……」
「気持ちで負けてますよ所縁くん! 若者たちが緊張をばっちりほぐして来てるんですから。私たちも決起集会しましょうよ、リーダー!」
「その若者に便乗するのは負けてることにならねえのかよ」
言いながら、皋の身には力が入る。櫛魂衆と対峙する日までいよいよ十日を切ったのだ。決して忘れてはいなかったけれども、改めて実感してしまう。暖かく感じた六原のメッセージも、皋にまた別の緊張感を与え始めた。
六原の姿を思い出す。やはりあの少年は変わらない。カミに縋るべき願いがないから、平然と星になど祈れてしまう。その祈りすら舞奏に関することで、呆れるほどの無欲さだ。透き通った六原を見ていると、皋自身の欲深さ・浅ましさが際立つように感じる。
しかしそれを改めるつもりもなかった。願いは原動力になる。皋は宇宙のささやかな手品なんかで今更満たされやしないのだ。世界の仕組みを書き換えるのに、流星群ではとても足りない。その思いが皋を駆り立てている。
「ほらまた厳しい顔してる」
突然、皋の手に何かが触れる。昏見の指だ。スマートフォンを握りしめていた片手をそっとほどかれた。そのまま指を皋の顔に向けようとするので押しのける。眉間に指を当てられるのは今は勘弁願いたかった。
「所縁くんはすーぐ俯いちゃうんですから、たまには空を見上げたらどうです」
「言っとくけど俺にだって流れ星を楽しむ感性くらいあるんだからな」
見栄を張ってはみたものの、もう何年も流星など見ていないのは昏見にも知られてしまった訳だ。ただ、きっと今夜を限りにこれが見栄でもなくなるだろう。結局のところ、仲間二人と眺める空を楽しめないはずがないのだから。