#推しはるカー
未所持ですが、とても素敵な歌だったので推しのことを考えながら読みました。
空港をくださいどうか手のひらにおさまるほどの夜の空港
(永遠は無いよね)(無いね)吊革をはんぶんこする花火の帰り
花瓶だけうんとあげたい絶え間なくあなたが花を受けとれるように
『はるかカーテンコールまで』笠木拓
▷はじめに
◼️迅悠一とは
◼️私の推し
◼️はるカーと迅
▷おわりに
▷はじめに
推しの話をすると気になっていた歌集がもらえる(かもしれない)らしい。そういうわけでこの三首と推しについて今日は語ろうと思う。
まずはワールドトリガーという漫画の、迅悠一という人物を紹介する。
◼️迅悠一とは
『ワールドトリガー』という漫画の登場人物。現在ジャンプSQで連載中。ワールドトリガーは主人公が4人いて、迅はそのひとり。ただ、他の3人は中学生で、現在(22巻)その3人をメインとしてストーリーは進んでいる一方、迅は19歳という少し歳の離れた、強くて頼れる先輩という立ち位置にいる。出ているシーンはそれほど多くないが、一話目の最初のページに登場したり、とても印象的なキャラであることは間違いない。
ワールドトリガーは、ざっくりと言うとある日現れた異世界からの侵略者と戦い、街を守るSF。(展開が進んできて、今は異世界に行こうとしている)
“ボーダー”という防衛組織の一員である主人公たちは、特殊なテクノロジーで作られた武器と、生身の体に代わる戦闘用の体を使って戦う。
迅は”未来視”という特別な能力を有している。名の通り、枝分かれする未来の分岐を見ることができる。
どんなパーソナリティの人物なのか、伝えるのは難しい。とりあえずBBF(ワールドトリガー オフィシャルデータブック)より迅のプロフィールを抜粋する。
『奴が動けば流れが変わる!』
『肉親や師匠の死という暗い過去を感じさせない飄々とした風貌、趣味は暗躍、好きなものはぼんち揚げ。相手の裏の裏をかく男』
『迅の実力や言動には、誰もが一目置いている。』
あとは公式のキャラクター紹介ページも参考になるかもしれないが、なにせキャラが多すぎて未読の人にとっては全く役に立たないと思わないでもない。
https://worldtrigger.info/article/character.php
簡単に表すとすれば”チート能力で主人公たちを助ける実力派”みたいな感じだろうか… 暗めの過去もち。
プロフィールはまだある。
『未来が見えるということは、同時に未来を知る者としての、責任を負うことでもある。幾つか見えた「これから起こりうる未来」から最適なものを選択すべく、迅は人知れず奔走する。例えそれが、ある者にとっては不利益に繋がると知っていても…。揺れ動く未来に心を悩ませながら、迅はいつも皆の平穏を願っている。』
ここが重要。特に”揺れ動く未来に心を悩ませながら”……
迅は強くて飄々としており、人の前では余裕を持った振る舞いをする。しかし普通に悩んだり迷ったりもする、人間らしい19歳の青年だ。迅が少し弱みを見せるのは迅が一人きりで自室にいるときだったり、原作を切り取るカメラには写っていない部分だったりする。
読者は迅が心を悩ませているのは知っているのに、彼は人にそれを見せようとしない。”暗躍”と言いながら一人で最善の未来を探している。
これはつらい。
それが苦しくて、私は彼について考え始めた。考えれば考えるほど、ワールドトリガー中に実在する迅悠一から乖離していく感じがあり、雁字搦めになっていった。
◼️私の推し
三年超に渡り、迅のことを考えてもがき苦しみ続けてわかったことがある。私の推しは迅悠一ではない。『迅悠一が幸せである未来』であるらしい。
だって迅はすでに幸せかもしれない。実力を発揮して、できることは全部やって、友だちも頼れる仲間もたくさんいる。
迅は人間らしい揺らぎや悩みを人に見せようとしない。親しげに振る舞ってもどこか距離をとろうとする。でもそれは悪いことではない。私が勝手に辛くなっているだけだ。
『迅悠一が幸せである未来』とは具体的に何であるのか、情けないことに未だにわからない。私はなにを探しているんだろうか。わからない… 早く楽になりたい…
◼️はるカーと迅
ドツボに嵌ってしまったので気を取り直して、課題歌から迅をイメージしつつ、一首ずつ読んでいきます。
▼一首目
空港をくださいどうか手のひらにおさまるほどの夜の空港
空港といえば飛行機などが発着する場所であり、大勢の人が常に行き交う場だ。
夜に向かって飛行機の便は次々と消化されていき、電子掲示板の表示がぱちぱちと変わっていく。やがて夜を迎えた空港には疲れた顔でスーツケースを引いている人や、離れて暮らす家族を出迎える人が見える。朝から常に人で溢れていた空港の中は、一日の終わりを感じさせる雰囲気に傾いていく。
『空港をください』と願っている人物は迅だという想定で先に進む。『空港』は迅にとってはワールドトリガーの舞台である”三門市”ではないかと考えた。迅の知っている人も知らない人も、数えきれない人が行き交う彼らの街。人々が家に帰り、夕食を囲んだり眠りに落ちたりしている夜の街を迅は見回る。人々の上に見える未来に、危険がないかどうか。明日もこの街の人々は、笑っているかどうか。常人にはない目を持った迅にとって、街は広いながらも、空港のようにひとまとまりになった区域に見え、彼の監視の行き届く大きさに感じられるかもしれない。
実は三門市はまさに空港のように、異世界とこちらの世界を結ぶゲートとして描かれている。そして世界同士に橋をかける存在が、迅たちが所属するボーダーである。三門市が空港であれば、三門市にそびえ立つボーダーの基地は、航空機の格納庫であり、滑走路だろう。少年たちは基地のなかで変身し、戦闘機のように街中を飛び回って敵と戦う。
実際の空港は人間ひとりにとってみれば途方もなく広い。迅が特別な能力を持っていようとも、すべてに目を配ることはできない。そして迅は実際に、すべての人が幸せになる未来を実現することはできず、それを歯痒く感じている。
おれの手のひらに入るほど、ボーダーや三門の街が小さければ。そうしたら、最善の未来を選び取るのはもっと易しかったのかもしれない。すべての人を救えたかもしれない。
迅がそう思わない、とは言えない。ただやはり、私の見る目は感傷的すぎるかもしれない。
▼ 二首目
(永遠は無いよね)(無いね)吊革をはんぶんこする花火の帰り
描かれていない部分の迅の感情や言動は観測できない。だから原作をじっくり見て、いろいろと考えを巡らせるしかない。特に関係性については、考えられる範囲がとても広い。
この歌で吊革をはんぶんこしているふたりはおそらくとても親密なのだろう。
迅は人当たりがよく、ある程度は誰に対しても親しげにふるまっている。その分、いつでも笑っていて、本心がどこにあるのかは少し分かりづらい。今回は一緒に花火を観に行った相手として、とりあえず数名をあげるが他にもさまざまに考えられると思う。
1)迅悠一と小南桐絵
高校2年生の小南桐絵(こなみきりえ)という女の子は、迅と同じボーダー支部に所属している、有能な戦闘員だ。
原作のスタート時から4年半ほど前、三門市は異世界からの侵攻を受けて、市民がたくさん死に、街が壊された。それを受けてボーダーは続く脅威に備えるために、大々的に知られる組織に変わった。
現ボーダーの前身となった組織は”旧ボーダー”と呼ばれている。小南と迅は旧ボーダーから所属している古株だ。ふたりは昔馴染みとしてそこそこ親しい、気安い間柄に見える。
小南はものすごく戦闘力に優れていて、気も少し強いが素直で可愛らしい一面もある魅力的な人物だ。
【ここから大きめのネタバレを含みますのでご注意ください】
およそ5年前、旧ボーダーは、”近界民”という異世界の住人との戦闘により半数以上が命を落とした。迅と小南がその当時戦闘に参加していたかはわからないが、ともかくふたりは生き残った。
それから半年後、三門市は大規模な侵攻を受け、”戦時下”ともいえる厳しい状況に陥った。ふたりはそれぞれ重要な戦力として、敵を退けている。
迅と小南が『(永遠は無いよね)(無いね)』と囁き合うとき、ふたりが共有する大きな喪失の体験が背景にあると思う。
彼女らは強い。しかし、傷ついていないのだとは思えない。迅の揺らぎは読者に知らされているし、小南は感情豊かな子だ。それでも時は容赦なく進み、敵は絶え間なくやってくる。そして大切な人を一気に失ったふたりには、新しい友人ができ続けている。
永遠がないことを知っているから、ふたりは精一杯戦い続けているのだと思う。
【ネタバレ終わり】
2)迅悠一と嵐山准
嵐山准(あらしやまじゅん)は迅の高校時代の同級生で、ボーダーの一部隊の隊長をしている。嵐山隊は非常に強いチームな上、ボーダーの”顔”として広報活動もこなしている。嵐山は誠実で爽やかで、頼りにされる人格者だ。ちなみに小南のいとこでもある。
原作の序盤で、そんな嵐山が迅をすごく信頼していると示される場面がある。それからも、ふたりは仲のいい友人同士としてそれぞれの場所で戦いを続けている。
迅と嵐山が『(永遠は無いよね)(無いね)』というとき、
“侵略を受け続けている状況は、永遠には続かない。俺たちが、侵攻を許さずに戦い続ける。そうすればいつかは戦時下ともいえる厳しい今を乗り越え、平和な街を取り返すことができるんじゃないか”という希望の話をしているようにとれる。
家族を守り、市民を守るためにボーダーに入隊した嵐山と、最善の未来のために尽くし続ける迅。平和を目指すよい同志としてのふたりにしかない、親密さや頼もしさを感じられる。一方で、迅も嵐山も、戦いに身を奉ずるのに躊躇がなさすぎる。他人の幸福のために当たり前のように危険を冒してみせる彼らには、心がぐらつく思春期の子どもとは別の種類の危うさや凄みが存在する気がしている。
3)迅悠一と夢主
“夢創作”をご存知だろうか。原作にいないキャラクターを作り、その人物を中心として描かれる二次創作のことだ。”夢主”はそのオリジナルキャラクターを指す。性別や、キャラとの関係性などの種類はさまざまある。読者や書き手が自己投影するようなつくりのものもあれば、完全に個性を持って描かれる夢主もいる。
なぜ夢主を持ち出してきたかというと、迅の幸せについて考えているうち、”夢創作”はひとつのソリューションだという考えに至ったからだ。
迅はいつもみんなにとって最善となる未来を追い求める。自分より他者を、それも数えきれないほど多くの他者を優先に生きている。未来が視える者ならばそうして当然だと言うかのように。私はそういう点にいつも絶望する。私の望みはこうだ。迅が自分より他者のことばかり考えるならば、せめて”迅を誰より大切に思い、迅の幸せを一番に考える誰か”がひとりでいいから存在していてほしい。どうか誰か迅のことを考えてください。
『(永遠はないよね)』と迅が夢主に軽く問う。『(ないね)』と夢主が同意をする。
迅は未来視を持っているがゆえ、彼の言葉は絶大な影響力を持っている。迅が未来を告げ、ボーダーの上層部はそれを頼りに防衛戦線を張る。迅が声を発するとき、それはほとんど常に何らかの意味を孕んでいるように示唆されている。
夢主は、迅が気を抜いて話せる相手であって欲しい。迅の語る未来に怯えず、未来視を尊重もしすぎず、ただの迅悠一のよい友であって欲しい。
そういう幻覚を見ながら過ごす日もある。
◇
ここまでで歌の冒頭のやりとりの話はし終えた。しかし後半、『吊革をはんぶんこする花火の帰り』にはほとんど触れずにきた。
歌のふたりは電車に乗っている。たぶん花火を観に出掛けたのだろう。電車は混んでいるから、ふたりはひとつの吊革を分けあう。夏の夜、きっと電車は彼らのように花火を観てきた人でいっぱいで、浮き浮きとした気分がすべての車両に満ちているだろう。熱気のなかで、ぴったりと寄り添っているふたりは、相手にだけ聞こえる声で囁き合う。永遠のことを。花火という、もっとも儚く派手な花がすっかり消えてしまうのを今夜ふたりは何度でも見た。花火の華やかさや人々の明るさに包まれて、帰路についたふたりは少しずつ現実に戻っていく。吊革に掴まる手と手が触れている間、静かに『永遠が存在しない』ことを確かめ合った。
というのがこの一首から喚起された光景だ。今回考えるならば、迅ともうひとりが花火を観に行ったふたりに当たるわけだが、なかなかイメージができなかった。それは、私が三門市の外にいる彼らを見た事がないからだ。ワールドトリガーは、三門市という極めて狭い場所に生きる人々の物語だ。舞台は、”近界”という異世界のほうへ広がりを見せるが、こちら側の世界の視点が市の外までいくことはほとんどない。
三門市の一角は壊滅的な被害を受け、おそらく人口も減ったはずだ。その影響か、作中には廃駅が登場する。ほかの駅が別の場所にあってもおかしくないが、電車というとあの廃駅が思いおこされる。彼らはどのように市外に出かけるのだろうか。
登場人物のなかでも特に迅は、三門の外に出るイメージがわきにくい。迅は”土地神”のようだ、と言っていた人がいて、確かにそんな印象があるかもしれないとも思った。空港を手のひらにおさめる、人の力を超えた存在になりたいと思うとき、迅はすでに他人の手の届かないところにいる。
というふうに歌の後半を迅で想像することはできなかったが、自分が作中に感じていた閉塞感のようなものに気付くことができ、非常に助かった。
▼三首目
花瓶だけうんとあげたい絶え間なくあなたが花を受けとれるように
『あなた』に花瓶をあげたい作中主体は、とても柔らかな感情の持ち主だ。『花瓶だけうんとあげる』のにはかなり強い想いがこもっているが『花瓶だけ』なのだ。花を渡すのは作中主体の役目ではない。『絶え間なく』からは数限りない人が花を運んでくる様子が思い浮かぶ。『あなた』が人々から順々に花を受けとるとき、『あなた』の世界は外に広く開かれている。作中主体はそれを望んでいる。あるいは、すでに花をたくさん渡されるような人でありながら、花瓶を持っていないゆえにすべて受けとれてはいない可愛らしい『あなた』を助けたいと望んでいる。
私は迅に花瓶をあげたかった。私の考える迅悠一とは、あえて花瓶を持つことなく軽やかに生きていこうとする人だ。花器の重みに縛られず、空に旋回する鳶のような人だ。ただし三門の上空だけを。
迅を好きな人はたくさんいる。彼を頼りにする人も、彼に憧れる人も。迅は人間が好きで、好きな人たちを特別な力で助けようとしている。
迅は渡されようとする花を見て、ただ微笑むだろう。彼はそれを受け取らないし、渡す代わりに差しておくべき花瓶もない。やがて、受け取られることのない花は迅の望む通りにただ咲いているだけになり、迅はそれを高いところから眺めるだろう。
私は迅に花瓶をあげたかった。
たとえ彼がそれを必要としていなかったとしても、私は迅の幸せを勝手に考え、虚空に花瓶を並べることをやめられなかった。
小狡い考え方かもしれないが、迅が二次元のキャラクターであることに感謝している。
ずっと、迅について考えすぎることに負い目を感じていた。迅は明るく楽しく、笑顔で生きているのに、私は勝手に彼の中に辛さを見出し、迅の幸せについて考えては体調を崩した。
迅が同じ次元に存在しなくてよかった。花瓶をいくつも抱えて途方にくれている私を、あの子が見る可能性がなくてほっとした。私の未来が、あの子の網膜に揺れ動く日が決して訪れないのが、またその可能性に縮み上がって暮らす必要がないのが嬉しい。
迅を真剣に考え初めてから数年があっという間に経った。私は並べすぎた花瓶を、ひとつひとつ点検していく作業に入ろうと思う。
私の推しは迅悠一ではない。迅悠一を推しているならば、彼に不要な花瓶などすべて叩き割ってしまえばいい。彼と同次元に生きているならば、それが誠実な態度だと私は思う。
でも迅は見ていないから、花瓶はすぐさま割られなくてもいいだろう。少しずつ手に取って、割れや歪みをきちんと点検しながら、花瓶の未来を自分自身で決めていきたいと思う。
未来視をもったあの子が、私に関係のないところで、どうかいつも幸せでありますように。
祈りすらもう暴力、そう感じてしまうのはもうしばらくやめられそうにない。私の愚挙を断罪するのも赦すのも迅しかできないけれど、迅はここには永久にいない。それだけが救いであり辛苦の源である。
▷おわりに
とても素敵な歌を読めてうれしい。普段、これ迅っぽいなあと思っても、こんなにしっかり言語化したことがなかったから、歌からするすると自分の言葉がひっぱり上げられる感触が、新鮮で気持ちよかった。
別の方の短歌で「これはあまりにも迅」と二年以上確信してる一首があるので、機会があったらまた言葉にしてみたいと思う。
★
ワールドトリガー(既刊22巻)めちゃくちゃ面白いです。常に面白さを更新していく、読めば読むほど世界がひろがっていく希有な漫画なので、興味が湧いた方はぜひ!
電子書籍でよく4巻まで無料のキャンペーンをやってるのでそのときにでもどうぞ。しかし最高の最高になるのは10巻以降だと思っています。初読時はキャラが多すぎて誰が誰だかわからない、と思うかもしれませんが、とりあえずわからないまま読み進めても大丈夫です。のちのち覚えられます。