『ダウン・バイ・ロー』(1986) #観た映画
仕事の続かないDJ、ポン引きのチンピラ、陽気なイタリア人が刑務所で出会って脱獄する様をオフビートに描く。ユーモラスで無意味な会話、ジャジーなBGMなと洗練された構図が最高にシャレオツ→
(以下ネタバレ)
奇才ジム・ジャームッシュの長編。
この人の映画はとにかくオフビート。ゆるいとも、ほのぼのとも、違う。
中の人間は感情を表に出したり、笑えない事態が起きたりもしているのだけど、その空間を淡々とアンニュイに切り取っている。
でも記録映像のように冷たい訳じゃなくて、気まずい空気の生々しさや、くすりと来るかわいさもある。
で、話にオチらしいオチもないのが特徴。やはり結末とその過程、ではなく純粋にその“空間”を楽しむタイプの監督なのではないかなーというのが私の印象。
「ダウン・バイ・ロー」とは、刑務所のスラングで
「親しい兄弟のような間柄」。ほかにも北部に流れてきた黒人の間で「自分でやっていける」というような意味で使われていたこともあるとか。
そんなタイトルの示す通り、この映画は三人の男たちの関係と生き様が描かれる。
・腕はあるが、仕事が長続きしない駄目なラジオDJのザック。
妻に「あたしのことをほったらかし」「少しは人を頼ったら」等と言われていることから、人間関係がうまく構築できないタイプと思われる。
ある晩怪しい男から「車を運転するだけで1000ドル」なんて甘い話を持ちかけられ、案の定トランクの中に死体が入っておりお縄。
・格好つけたがりで大きな事ばかり言うポン引きのチンピラ、ジャック。しかし仕事はというと「こなそう」としてる感が強い。彼もまた女に愛想を尽かされている。
商売敵の罠に嵌められて少女買春としてお縄。
・陽気なイタリア人旅行者ロベルト(ボブ)。英語がカタコトで、人に聞いた表現をメモ帳に控えている。「悲しくて美しい世界」とかやたらにポエミィで大げさな引用にくすりとくる。その明るさ人懐っこさでザックとジャックの鎹になる。
彼はカードのイカサマがバレて怒った相手から逃げる途中、事故で相手を殺してしまったことで投獄。
彼らはニューオリンズの刑務所で出会い、ともに脱獄し、湿地を旅して、時には喧嘩して仲直りして、最後にはそれぞれの道へ別れていく。…ってまとめるとドラマティックだが、まったくそんなことはなくオフビート。
脱獄のシーンなんてまるで描かれてない。ロベルトが「抜け道を見つけた」と話すシーンの次にはもう外に出てる…。サスペンス感はゼロである。でそのテンション低さが心地よいのだった。
良いところは音楽と構図、そして絶妙な沈黙。
主演のトム・ウェイツの挿入歌も低い声で気怠げな感じがオシャレだし、要所要所のBGMに使われるジャジーなベースがまたこの作品のテンション低さにマッチしておりなんともお洒落な空気なんだよなー。
構図も一枚の絵のように美しいシーンがたくさんあった。最初の方で、裸のままジャックに皮肉を言う娼婦の、美しい裸体を全身フレームに入れながら局部は上手いこと見えぬ角度でかつ奥の方にいるジャックとの対比を感じさせる構図が天才的だなーとおもった。わたしの言葉じゃアレなんでぜひ見てほしい…。
他も、低予算ぽく狭い背景が多いが、画面の作り方がめちゃくちゃ素敵。
沈黙と間もこの監督の特長だろう。序盤の仲良くないころの気まずい沈黙も、終盤の信頼と友情を感じる沈黙も、時間を贅沢に使って味わい深く描かれている。
三人の関係もよかった。特にジャックとザックは度々喧嘩してて、取っ組み合いは2回もしてるのだが、二人ともそんなに引きずってる様子もない。さっぱりしてる。
また後半では、二人が喧嘩して森の中を別々に分かれて進むことになり、一人残されたロベルトはしょんぼりしながら捕まえたウサギを丸焼きにする事になる…というシーンがある。それぞれ一人で愚痴りながら森を彷徨った二人は、結局ロベルトの居る場所に戻ってしまい、寒さと飢えから熱々のウサギに飛びつく。それでほっとして、喧嘩もどうでもよくなって、みんなで笑うくだりがすごくほっこりして好き。
でもかといってそれで固い友情が芽生えて意気投合!って感じになるかと思えば、偶然見つけた商店に人のいいロベルトを偵察に出して自分たちは隠れたり、なんて感じでやっぱドライ。
最後も、ロベルトは商店の主の女と一緒に暮らすことになり、他二人は別々の道に歩き出すことになるのだが、ジャックとザックは「お前が西に行くなら俺は逆に。」って感じでずっと団体行動する気はないらしい。その「相手の事は認めるけど、俺は俺。お前はお前」な関係いいよなぁと思う。
ぜんぜんねちっこくないというか、やはり気持ちが燃え上がったりしないの。でも微笑ましい。
このあっさりしたのって、モノクロームの画面がまた一役買ってる気がする。沼地を彷徨ってドロドロなのにあんまり汚かったり汗臭そうに見えないとか。『コーヒー&シガレッツ』でも溢れた灰皿とゴミやらこぼしたコーヒーでくっそ汚いテーブルが、スタイリッシュな感じに見えたものなぁ。
この生臭みのなさが空間とか関係にも相乗効果ある気がする。
大抵の人には退屈だろうし、ストーリー性もまぁ薄いんだけど、映像作品でしか表現しえない独自の美しさと心地よさがあって、癖になってしまう作品だった。
隠されたユーモアとか、作者のメッセージとか、深い考察とか、そういう見方もできるんだろうけど、わたしの中では「読み解く物」じゃなくて「自室の壁にかかった絵」のような存在なのかな。ジャームッシュ作品。